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21話 夏祭り1

合宿が終わって早一週間が経過した。経過したのだが...


「あれ以降まったく進展がない...」


思わず小さく呟いてしまう。

俺はベッドに転がりながら連絡先に登録されている美咲さんの文字を見つめる。


合宿以降、まったくと言って良いほど美咲さんとの関係に進展がないのだ。

俺としては、合宿が終わったら告白するぐらいの気持ちだったのだが、さぁ告白するぞとなると勇気が出ない。


そして普通に話しかけるにしても変に意識してしまって会話が続かない。


「このままじゃだめだよなぁ」


ため息交じりに呟く。誰にも聞かれることのない呟きはそのまま俺の心の中に残り続ける。


「せめて今度の夏祭りぐらい誘えたらなぁ」


そう思い、思いきって美咲さんに『今度の夏祭り予定空いてますか?空いてたら一緒に行きませんか?』という文章を打ち込むのだが、送信のボタンがいつになっても押せない。


もう一緒に行く人が決まってたらどうしようだとか、実はこれまでの事は俺の思い違いとかだったらどうしようとか、そんな思考が邪魔する。


俺は頭を振り、そんな思考を捨てる。

俺は思い切って送信ボタンを押そうとした瞬間、俺のスマホに一件の通知が飛び込む。


そしてそれはすぐさま俺と美咲さんのトーク履歴に表示される。


『今度の夏祭り予定空いてますか?空いてたら一緒に行きませんか?』


それは俺がずっと送りたかった言葉である。

だがその言葉は俺が送ったわけじゃない。


送信者は、美咲さんである。


俺は慌ててさっきまで打ち込んでいた言葉を削除し、返信した。


===


夏祭り当日、俺は楽しみなような...それでも緊張している、そんな気分で着替えていた。


「あれ?兄ちゃん袴なんて着てどうしたのさ。もしかして兄ちゃんも夏祭り行くの?今まで行ったことすら無かったのに」


「ふっふっふっ、これまでの俺とは違うのだよ妹。これからは俺のことを兄上と呼ぶがいい」


「で、兄ちゃん。もしかして誰かと行くの?」


「もしかしても何も、その通りだ」


「へぇ珍しいじゃん。でも袴なんてえらく気合入ってるじゃん。男で男友達の服装気にしてるやつなんて居ないよ?」


「なんで男と行く前提なんだよ」


「えっ...もしかして兄ちゃんに春が到来してるとでもいうの?」


「なんかこんな会話この前もした気がするな...まぁでもそういうわけだ。これまで俺とは一味も二味も違うというわけだよ。だからこれからは兄上と呼びたまえ」


「いや呼ばないし。何その兄上推し」


「ただの気分だ」


「あっそ」


そう言って妹は洗面台の鏡の前で髪の手入れをし始める。


「それと妹よ。非常に申し訳ないのだが」


「その口調やめたら話聞いてあげる」


「非常に申し上げにくいのですが、私目に袴の着付けを教えてくれはしませんでしょうか?」


「冷凍庫のアイス、あれ私のになるから」


「そりゃもうあのアイスは明衣のに決まってるじゃないですかぁ」


「はぁ、しょうがないなぁ」


ため息をつきながらも、明衣は髪を手入れする手を止めて、俺の袴の着付けを手伝ってくれる。


ああ、我ながらなんて良い妹を持ったのだろう。

そしてさらば、我がハー〇ンダッツ。


===


『着いたよ』


というメッセージを送信する。

返信はすぐに返ってきて、家の中からドタバタと慌てる音が聞こえると、家のドアが開いた。


「ハァ...ハァ...ごめん、待った?」


「全然待ってないよ」


「そう?なら良かった」


美咲さんは呼吸が荒くなりながらも、笑顔を見せてくれる。

ちらっと美咲さんを見る。


今日はどこかいつもと違う雰囲気だ。

ピンクの着物を身に着け、靴は草履を履いていて、足の爪にはピンクのマニュキュアが塗られている。


髪は上の方でかんざしなどでキレイにまとめられている。

そしていつもとは違い眼鏡はかけておらず、顔は目の周りにアイシャドウが塗られていたり、口紅が塗られていたりで、化粧がされている。


「そんなまじまじと見てどうしたの...?もしかして化粧変だった?ごめん私全然慣れてないから...」


「全然変じゃないよ!むしろ可愛いよ。可愛いくて見惚れてただけだよ」


「そ、そう...?なら良かった」


そう言って美咲さんの顔がだんだんと赤くなっていく。


「じゃあ行こっか」


===


夏祭りの会場には、結構な人数の人が居た。


「思ってた以上に人多いね」


「確かに思ってた以上に多いね」


会話が続かない。


「美咲は何か食べたいものとかある?」


「うーん。私りんご飴食べたいかも」


「じゃあ俺もりんご飴食べようかな」


俺は道の先に見えるりんご飴の屋台まで歩いていく。


やっぱりまた会話が続かない。


その時、右手がゆっくりと握られる。


「ど...どうしたの?」


「人が多くてはぐれちゃったら悪いから...嫌だった...?」


「嫌じゃないよ」


「ふふっ、なら良かった」


美咲さんが微笑む。


そうだ。もし美咲さんが俺のことを好きだとすれば、美咲さんはここまでぐいぐい来てくれているのだ。

俺も考えすぎないで、せめてもいっぱい話しかけるべきなのかもしれない。


「りんご飴って一人に食べるにしては多いよね」


「えっ、分かる。途中から別のもの食べたくなっちゃうよね」


そんな会話をしていると、りんご飴の屋台の前に辿り着く。


「健吾君もりんご飴食べるの?」


「そうしようかな」


「どうせだしさ、りんご飴二人で分け合わない?」


「二人で?美咲が良いならそれでいいけど」


「じゃあそれで決まりね」


前の人が買い終わり、俺たちの順番が回ってきた。


「りんご飴一つで」


===


りんご飴を勝手分け合うのは良いのだが....


「どうしたの?食べないの?」


「いや...食べるよ」


美咲さんが噛んでいる所と反対側を噛む。

口内に飴の甘い味が充満する。


いや...これ最終的には間接キスになるんじゃないか?

齧り始めてついに中のりんごの部分に到達する。


前で一緒に齧っている美咲さんと目が合う。

顔が違い。

そりゃそうだ。もう俺と美咲さんの距離はりんご飴一個未満なのだ。


だんだんと俺と美咲さんの距離が近くなっていく。


そして俺と美咲さんを遮っているりんご飴が残り1cmにも満たなくなったとき...


「俺もう大丈夫だから後あげるよ」


「...そう?じゃあ貰おうかな」


そう言って美咲さんが上から食べていく。

俺は、ひよってしまった。


===


その後は特に何事もなく時間は過ぎていった。


「健吾君べーってしてみて」


「えっ...いいけど」


俺が舌を出すと、美咲さんが小さく笑い出す。


「ど、どうしたのさ」


「健吾君した真っ青だよ?ふふっ」


俺は手に持っているブルーハワイ味のかき氷が入っていた容器を見つめる。


「え、もしかしてかき氷食べるとこうなるの?」


「健吾君知らなかったの!?」


「うん俺かき氷ほとんど食べたことなかったから...」


「珍しいね」


「美咲も舌出してみてよ」


「べー。どう?赤くなってる?」


「めっちゃ赤いよ。ドラキュラみたい」


「それ褒めてる?」


「褒めてるよ?」


「...そう?」


ごめん美咲さん。ほんとは良い表現が思いつかなかっただけです。

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