「ねぇ健吾。ちょっと手伝ってほしいことがあるんだけど。良い?」
「生死に関わる事じゃない限り大体なんでもいいよ」
「そんなことお願いしないわよ」
約三日ぶりに部活に来た日奈が両手を合わせて俺に頼む仕草を見せる。
まだ部室には俺と日奈の二人だけだ。
「それで、そのお願いとやらはなんなんだ?」
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スマホに表示されている8時50分という文字を見て、ちょっと早く着きすぎたかな?
とか考えながらショッピングモールの前でスマホをいじりながら考える。
「おっ?もう着いてんじゃん。はや~」
前から麦わら帽子を被り、白のワンピースを着た日奈がこちらに向かってくる。
髪は珍しく黄色から黒に染めていた。
「あれ?今日はサングラスとかしてないんだ」
今日の日奈の変装はグレーのマスクだけである。
「あのね...あのね....私結構人気あると思ってたんだけど...普通にマスクしてたら全然バレないことに気づいたの...もしかして私全然知られてない?」
「ま...まぁ元気出せよ。高校の中じゃ結構みんな知ってるぞ」
「ごめんそれあんまり励ましになってないかも」
日奈の顔をちらっと見る。日奈はマスクをしているときとしていない時でかなり印象が変わる。だから人気がないわけじゃないぞ日奈...多分。
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「それで、弟の誕生日プレゼント選んで欲しいって話だったけど、本当に俺でいいのか?自慢じゃないが多分俺はプレゼント選ぶセンスある方じゃないぞ?」
「あんた以外に頼める男友達が居なかったのよ」
「誠一は?」
「誠一にプレゼント選ぶセンスがあると思う?」
「....思わない」
「だから健吾に白羽の矢が立ったの。お願い!なんか奢るからさ」
「まぁ別に良いけどさ」
そもそもここまで来たのだ。断るつもりなどない。
「なぁ。弟って何歳なんだ?」
「八歳よ」
「八歳かぁ」
俺八歳の時何好きだったかなぁ。と思い出そうとするが、なかなか思い出せない。
「その弟って何が好きなんだ?」
「う~ん。それがあんまりわかんないのよねぇ。弟飽き性だから昨日好きだったものが今日好きじゃなくなってるなんてよくある話だし」
「う~ん。そうなると難しいな」
今時の八歳のトレンドなんて分からんしな。
俺たちは服を眺めながら考える。
「なぁ弟って服好きなのか?」
「気に入ってる服をずっと着てるって感じかなぁ」
「う~ん。難しいな」
これか?と思ってかけられている服を手に取るが、いまいちしっくり来ない。
八歳のトレンドを模索するのは、こんなに難しいことなのか。
「おっ、これとかいいんじゃないか?」
俺はそう思い、一つの服を手に取る。
そして日奈の顔を見る。我ながら今回の服は結構八歳の子が好きかつ、オシャレで個人的に良いの見つけたなぁという感想だ。きっとあっと驚くに違いない。
「健吾それ...パジャマよ」
「えっ!?あれ!?」
よくよく手に取った服を見てみると、確かにタグにパジャマと書いてある。
ちらっと日奈を見てみると、頭を抱えていた。
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「やっぱ無難にゲームじゃないか?男の子全員ゲーム好きだろ」
「う~ん。でも弟がゲームやってるのあんまり見たことないや」
「ふっふっふ。そんな弟に俺のとっておきのゲームを紹介してやろう」
俺は前の棚に置かれているゲームソフトを手に取る。
「誰が八歳にゾンビゲーム勧めるのよ」
「あれ?だめか?ちょー面白いよ」
「面白い面白くないの問題じゃないのよ」
「うーん。難しいなぁ」
俺は手に取ったソフトを棚に戻す。
これが無理なら、なかなか良いゲームが思いつかない。
「これとか?」
「持ってた気がする」
「じゃあこれは?」
「それも持ってた気がするなぁ」
「う~~ん。じゃあこれとか?」
「八歳で脳トレ楽しめるかなぁ」
「もう...思いつかないです...」
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「ちょっと隠れて」
そう言って日奈は俺と一緒に服の後ろに隠れる。
「え、え急にどうしたの?」
「クラスの人見つけちゃった」
「日奈って外でクラスメイトと会うの嫌なタイプ?」
「別に嫌じゃないけど...この状況はまずいでしょ」
俺はバレないようにちらっと顔を出すと、確かに居たなぁ...という女子生徒を二人見つけた。
「どこがまずいんだよ」
「まずいに決まってるでしょ!?あほなんじゃないの!?」
「そこまで言われると凹むなぁ」
「そもそも私が男子と来てる時点で、健吾が彼氏と勘違いされかねないし、そもそも私アイドルだからそういう噂は絶対流したくないし」
「俺が彼氏として挨拶してやろうか?」
「あんた殺すわよ」
一切の言い淀みがない、さも言いなれていたかのようなどすの効いた声で日奈が言う。
俺に向ける目線は猛獣が獲物を殺さんとするそれだ。
「はい、二度と言いません」
「それでよろしい」
その時、後ろから話しかけられた。
「もしかして日奈ちゃん?こんな所で何してるの?」
俺が咄嗟に後ろに振り向くと、クラスメイトの女子が二人、そこには立っていた。
油断した。ここにはクラスメイトが四人居たのだ。
「あっ、いや....その...これは」
「あれ?もしかして健吾君?もしかして二人って」
嬉しそうにクラスメイトの声が上がっていく。
お互いに顔を見合わせたり、こちらを向いたりして忙しそうだ。
「違う。違うのよ。これはね、えーとね」
日奈が必死に言い訳を探そうとしているが、なかなか出てこなさそうである。
「いやぁ意外だなぁ。日奈ちゃんと健吾君が付き合ってるなんて」
「これはえーとね。事情があるの」
「大丈夫。私たち口硬いから!絶対に誰にも言わないから!」
そういうやつは大体誰かに言うと、誰か有名な人が言っていたような気もしなくはない。
「俺たち、文芸部の取材に来たんだよな」
「取材?」
「うん。犯人を備考するっていう想定で調査してたんだよ」
「日奈ちゃん、それ本当?」
「そうそう!そうだよ」
「なぁんだ。ちょっと残念」
なぜ残念なのだろうか。
「じゃあね日奈ちゃん。また学校でねー」
「うん。楽しみにしてる」
そう言って手を振ってクラスメイトは去っていった。
どうせなら、俺にもまた学校でねーって言ってくれても良かったのではないだろうか。
「やっと買えたぁ」
会計を済ませてきた日奈が両膝に手を着いて疲れた仕草を見せる。
柱にかけられている時計はもう12の数字に二つの針を指していた。
「お疲れ様」
「呼ぶ人...間違えたかも...」
「俺のチョイス良かっただろ」
「どこがよ!最後のやつ以外目も当てられなかったわよ」
「もしかしてそんなに酷かった...?」
「もしかして気付いてなかったの...?まぁいいや。行きましょ」
「行きましょってどこに行くんだよ」
「え?遊ばないの?」
「え?遊ぶの?」
日奈の顔が、きょとん。となった。