俺たちは今、駅から出版社まで歩いていた。
今日は日奈の小説の授賞式である。
そして俺たちは、日奈の関係者として特別に式を見れることとなった。
「いやぁ緊張するな」
「なんであんたが緊張するのよ」
「なんでって...授賞式は緊張するものだろ」
「誠一君は受賞しないけどねぇ」
「それはそうっすけど。あれあるじゃないっすか」
誠一が言うあれとは恐らく帯コメントのことだろう。
今回、俺たちは特別に同じ文芸部ということで帯コメントを書くこととなった。
「ちゃんとしたコメントにしてよー」
「お、おう任せとけ」
俺はそう返事したが、実際の所まだ浮かんでいない。
まぁ他にも部員は居るんだ。そんなに焦るほどじゃない。
「それにしても、なんで日奈今日はそんなに地味な格好してんだよ。髪も黄色から黒に染めてるし」
俺は日奈を見る。
今日の日奈はいつもの黄色の髪から黒になっており、黒の暗めの眼鏡をかけている。
そして化粧で目元にほくろを描いていたりと、いつもの日奈とは違う印象を受ける。
日奈と言われなければ日奈と分からないほどだ。
「なんか文芸少女っぽくて良くない?」
「日奈が文芸少女...似合わないな」
「ひどーい」
そうこう話していると、俺たちはビルの前に着いた。
「ここか?」
「うん。ナビを信じるならここだよ思うけど」
俺はビルの外観を眺める。
そして一つの感想が俺の頭に思い浮かんだ。
「なんていうかさ....」
誠一が言いずらそうにビルを眺めながら小さく言う。
「うん...」
「なんか...ボロボ...汚くね?」
「誠一君、言い換えても結局それ悪口だよ」
もう一度、俺はビルを眺める。
1,2,3...4階建てだろうか。俺は回数を数えて考える。
そう、誠一が言った通りなんかビルがぼろいような気がする。
コンクリートの壁にはところどころツタが這っており、コンクリートの壁が少し茶色で汚れている。
そして玄関のガラスのドアには、ヒビが入っていた。
「なぁ、本当にここだよな?」
「うん。多分合ってると思うけど....」
見た感じ、人が中に居るようには思えない。
その時、ガラスのドアの前に人影が見える。
とりあえず中に人はいるようだ。
その人影はガラスのドアの前でうろうろし、そしてドアを開けた。
ガラスを開けた人物はスーツを身にまとい、少し薄くなった髪を整えている50程の男だった。
「もしかして日奈様ですか?私、編集部の渡辺と申します」
渡辺さんは日奈に近づいていく。
「あっ、はいそうです」
「お待ちしておりました!どうぞどうぞ中に。部員の方もご一緒にどうぞ」
俺たちは渡辺さんが促すようにビルの中へ入った。
===
ビルの内装は...うん。外の見た目から想像できた通りだった。
「それにしてもよく私たちって分かりましたね。ドア触ってもないのに」
「あははは...結構いるんですよね。このビルぼろいですから。本当にここか?って悩んじゃう人」
そう言いながら、渡辺さんは少し悲しそうな表情を浮かべる。
俺たちは案内され、今にも落ちそうなエレベーターに乗る。
「俺たち大丈夫だよな...?実は全然関係ない人に連れ去られてましたみたいなことないよな?」
「ない...だろ。多分」
ガタガタと音を鳴らしながら、エレベーターは三階に着いた。
ドアが、ガタガタと音を鳴らしながらゆっくりと開く。
ドアが開いた先には、授賞式と書かれた垂れ幕と椅子が用意されていた。
そして後ろ側の席にはカメラを持った人も座っている。
席の周りには、スーツに身を纏った人ばかりだ。
「お偉いさんみたいな人ばっかだねぇ。もしかしてごますれば次通りやすくなったりするかなぁ」
「ふふふ。流石にちょっとしか影響しませんよ」
「あっちょっとは影響しちゃうんだ」
俺も今度菓子折りでも持ってこようかな。
日奈は別の男に案内され、俺たちは渡辺さんに後ろの席に案内される。
そしてしばらくすると、壇上の上に渡辺さんが上がり、マイクを持つ。
「皆さんお待たせいたしました。今回の賞の受賞者たちです」
渡辺さんの声が会場に響くと、壇上に次々と受賞者達が現れる。
出てきた人数は、五人だ。
その最後尾に日奈の姿が見えた。
そして先頭には、どこかで見覚えがある顔が見えた。
かなりの美形である。
頭を捻らすが、なかなか名前が出てこない。
俺が頭を捻らしていると、誠一がテンションが上がった様子で俺に小声で話しかけてきた。
「お、おい!あの人ってあれじゃないか?日奈と一緒のドラマに出てた人」
そう言われ、俺は思い出す。誠一に言われ部室で一緒に観て日奈に頭を殴られて観るのを中断させられた、あのドラマだ。
確か、あのドラマでは二人とも脇役ではあるがカップル役だったはずだ。
ちらっと日奈を見ると、先頭の男を見ながら目を白黒させていた。
額には滝のような汗が流れている。
そして一歩後ろに身を引いていた。
「それでは、まずは大賞の目黒さんからお話をいただきましょう」
渡辺さんがそう言うと、一歩前に出てきてマイクを貰って話し始めた。
「まずはこの賞を頂けて非常に光栄に思います」
それからもインタジューが続いていき、ついに日奈の番になった。
「えっあっえーと、その....」
日奈はテンパっているのか、なかなか言葉を言い出せない。
「えっとその...まずはこ、この賞をいただけ、頂けてひじょ、非常に光栄におも、思います」
慌てているのか、噛みまくりである。
日奈がこんなに噛むなんて珍しい。
そもそもこの人数を前に話すことも、インタビューも元々慣れているはずだ。
そして日奈の目線はちらちらと先頭の男、目黒を見ている。
その後も、日奈は噛みながらもなんとかインタビューを終わらせた。
===
俺たちの元に一人の男が歩いてくる。
「日奈さまと同じ部活の部員の方ですよね?」
俺たちはコクコクと頷く。
「帯コメントをお願いしたいのですが、よろしいですか?」
「帯コメント...」
俺は言われて考えるが出てこない。
そもそもここに来るまでずっと考えていたのに出てきてないのだ。今更出てくるはずがない。
周りを見てみるが、全員悩んでいるようだった。
「ちょっとなんで皆ぱっと出てこないのよ」
男の後ろから日奈が駆け寄ってくる。
その顔には少し怒りの感情が浮かんでいた。
「いやぁ考えてたんだけどな?全然出てこなかったんだよ」
「右に同じく」
「左に同じくぅ」
男が困った表情を浮かべていると、美咲さんが口を開いた。
「えっと...その...面白いです!」
美咲さんがあたふたしていると、男はゆっくりと頷いた。
「面白い...シンプルでいいですね。ありがとうございます」
そう言いながら男は帰っていった。
男の背中を見ていると、日奈が美咲さんに飛び込んで抱き着いた。
「美咲ちゃん大好きー!!」
「日奈ちゃんやばいよ!椅子倒れちゃいそうだよ!」
美咲さんが慌てた様子で日奈を抱きながら椅子を倒れないように体勢を戻している。
俺の前で何か幸せな空間が流れている気がする。
これが...百合か。
俺は深く頷いた。
その時、日奈の後ろから一人の男が近づいてきて、日奈に話しかける。
俗にいう百合に入る男ってやつだろうか。
それは大罪とどこかで聞いたような気がする。
「日奈さん。少しいいですか」
満面の笑顔を浮かべていた日奈の顔が、振り返った瞬間に真顔になって凍てついてしまう。
日奈に話しかけた男とは、授賞式で先頭に立っていた目黒という男である。
「あっ、あーちょっと私今いそがしいかなー」
ビックリするほどの棒読みである。
「話だけでもお願いします」
「あーうん。分かった。話だけね」
日奈がそう言うと、目黒は片膝をついて日奈を見つめる。
目黒がかなり美形なせいで、普通の女の子なら日奈の立場になったら惚れてしまうのではないだろうか。
もしかして日奈も!?と思いながら二人を見る。
「日奈さん。よければ僕とお付き合いをしては頂けませんでしょうか」
「ごめんね?まだそんな気にはなれないんだ」
「そうですか。ありがとうございます」
そう言うと、男は悲しそうな表情を浮かべながらもすっと立ち上がった。
「それでは、いつもの奴お願いしてもいいですか?」
「やっぱやった方がいい...?」
「はい、ぜひお願いします!」
日奈が困ったようにため息を吐くと、右手を振り上げた。
そしてその右手は勢いよく目黒の左頬にクリーンヒットした。
パチンッと大きな音が会場に響いた。
会場に居た他の人たちの視線が一気に日奈たちに集まる。
「おい日奈一体急に何して...」
俺が日奈を止めようとすると、目黒が頭を下げた。
「ありがとうございます」
そう言って目黒は去っていった。
「な、何だったんだ今のは...」
誠一が驚いた様子で呟く。
誠一の意見に俺も同感である。というか日奈と目黒以外全員同じ感想だろう。
「えーと...今のはね」
日奈が言いづらそうに説明を始めた。
===
「えーとつまり、会うたびに告白されて、それを断ってはビンタしてると」
「そういうことになるね...この痛みを胸にもっと良い男になるって言ってた」
「すげぇ男気あるやつだな。俺あいつの事好きかも」
俺は目黒の顔を思い出す。
整った鼻立ちに、優しそうな目、スラッとした顔つきと高い身長。
あれ以上の良い男か...果たしてどうやってなるのだろうか。
後で出来れば伝授いただきたい。
「それにしてもその目黒って人、大賞だろ?すげぇよなぁ。やっぱ大賞とか取るためにはどこかねじ外れてないといけないのかなぁ」
「そんなことより!ほら見て!私の本」
日奈がバックから一冊の小説を取り出した。
その表紙にはキレイな女の子と、タイトルが書かれていた。
「もうそろそろ本屋に並ぶんだろ?」
「そうね!あぁなんかドキドキするわ」
「デビュー先越されちゃったなぁ」
誠一が悔しそうな顔を見せる。
「ふふっ。”上”で待ってるわよ」
「来年には追い抜かしてやるぜ」
誠一と日奈の間には、イナズマのようなものが走っていた。