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53話 体育祭

体育祭と聞いて良い思い出を持っている人も居れば、良くない記憶を持っている人も居るだろう。


ちなみに俺は後者である。中学校一年生の頃はこけて一位から最下位に転落し、二年生の頃は二位からバトンを受け取るのをミスし最下位へ、そして三年生では靴ひもがほどけて靴が脱げ、二位から最下位へ。


もういっそ呪われてるんじゃないだろうかと思えるほどだ。

ついたあだ名はリレーの疫病神である。


そして今日は俺にとって五回目の体育祭である。小学校の運動会を合わせたら十一回目か。

だがまぁ、そんなことはどうでもいい。


今日の俺の頭はどうすればへまをしないかと考えるばかりである。


隣に立っている美咲さんが顔を覗き込んでくる。

体育祭だからか、今日は眼鏡ではなくコンタクトのようだ。

それにいつものように髪は下ろしておらず、高めの位置のポニーテールだ。


これまた新鮮で可愛い。


「ねぇねぇ、健吾君って運動神経良い方?」


「自分で言うのもあれなんだけど、普通に悪い」


「その始まり方で悪いことなかなか聞かないよ」


体操服の美咲さんは少し戸惑った表情で言う。


空を見ると雲一つない、キレイな青色だ。快晴である。

絶好の体育祭日和である。


「美咲さんはどうなの?」


「ふっふー、聞いて驚かないでよ?」


美咲さんが胸を張る。


「私、小学校の徒競走で負けたことないです!」


「おーすごい」


俺はパチパチと拍手する。


「ふふっ、そうでしょ」


美咲さんがどや顔でこちらを見つめる。


「でも小学生ってことは....過去の栄光ってこと...?」


「健吾君ひどいよー。過去の栄光から現在の栄光にするところなんだから」


どや顔から一転、ぷすーっと美咲さんは頬を膨らませる。

怒る仕草を見せるのだが、どことなく慣れてない様子で可愛い。


パンッと、スターターピストルが鳴る。

鳴ると同時に、六名ほどが一斉に走り出す。


ちなみに今行われている競技は各クラス選抜100m走なので、俺には関係のない競技である。


「健吾君は何に出るんだったっけ?」


「二人三脚と借り物競争とクラスリレー」


「ずばり、それを選んだ理由は?」


「あんまり疲れなさそうだから!」


「...やっぱり」


この運動不足の身体に徒競走や騎馬戦をさせようものなら、身体のどこを痛めてもおかしくない。

それほど運動不足なのだ。体育祭の競技に身体がついていけない。


「この身体に運動させるということは老体に鞭打つことと同義だと思っていいよ」


「ふふっ、なにそれ」


パンッ、と音が鳴り、二組目が走り始める。


「ところで美咲さんは何に出るのんだっけ?」


「ん?私はね」


『女子各クラス選抜100m走に出場する選手は集まってください』


とアナウンスが流れる。


「私はね、100mと二人三脚とクラスリレー」


「過去の栄光を現在の栄光にしていくってことか」


「そゆこと!健吾君応援してね!」


そう言って美咲さんは手を振ってアナウンスがあった場所へ歩いていった。


===


「死、死ぬ...死んじゃう...」


俺の前では美咲さんがぜーはーと息遣いを荒くさせながら、膝に手をついて疲れた様子だ。


「おめでと、一位だったじゃん」


「ま、まぁね。私にかかれば余裕だよ」


「横一線だったけどね」


「あーあー聞こえなーい」


美咲さんは耳を塞いで顔を横に振った。


===


体育祭が始まって約一時間ほど、ようやく初めて俺の番がやってきた。

今からやる競技はそう、二人三脚である。


運動も人と心通わせるのも苦手だが、まぁ何とかなるだろう。


そんな俺のペアは...


「私たちが勝たせちゃおうね」


そう言ってガッツポーズする。

そう、俺のペアは美咲さんである。


「まぁこけなかったら大健闘じゃない?」


「大健闘のハードルが低いよぉ」


ふふっと美咲さんが笑う。


俺たちは紐が配られると、早速足を縛り始める。


「美咲は俺のスピードについて来れるかな?」


「大丈夫?肉離れとか怪我とかはしないでね?無理しちゃだめだよ?」


「お母さん?」


まぁ準備運動はちゃんとしてきたから大丈夫な...はず。


そうこうしているとピストルが鳴り、第一走者が走り出す。ちなみに俺たちは第二走者だ。


そして全組横並びの状態でコーナーを曲がる。


1,2,1,2,1,2とリズム良くこちらへ向かってくる。


そしてついに前の走者から俺たちはバトンを受け取る。


バトンを受け取ると同時に俺たちは走り始める。

俺と美咲さんは肩を組み、左足、右足と、もつれることなく順調なスタートを切った。


その時、俺の鼻腔を微かな香りが刺激した。


それは花のような、良い匂いだった。


そして俺はすぐにその香りの元を察する。


俺はちらっと隣を見ると下を向いている美咲さんの頭と顔がすぐそばにあった。


思わずドキッとしてしまい、俺の足のリズムがずれる。


「「うわっと」」


俺たちはそれをなんとか修正する。


危ない危ない。集中しなければ。


「1,2,1,2」


美咲さんがリズムを取り始める。


「1,2,1,2」


俺も美咲さんに続いてリズムを取り始めるが、先ほどのことが頭から離れない。


最初は微かだった匂いが、意識するごとに鮮明になっていく。


俺は前を見る。俺たちはコーナーを曲がり切って後少しで次の走者という所だ。


どんどんと次の走者の距離は近くなっていく。


後一歩でバトンを渡せるとなったとき、油断からか俺たちがもつれた。


「「うわっ!」」


二人して体勢を崩し、紐を足に縛っていたせいで密着して転ぶ形になる。


こけた痛みの後、身体に重みを感じ目を開けると目の前には美咲さんの顔がそこにはあった。


俺たちは一瞬見つめあい、美咲さんが急いで飛び上がろうとする。


「ごめんね!あっ」


だがまだ足に紐を結んでいるせいで立ち上がれず、もう一度美咲さんは俺にもたれかかる形で倒れる。


額と鼻がぶつかり合う。

若干唇にも触れたような気がするが、気のせいだろうか。


俺は前を見ると、次の走者は俺たちが落としたバトンを拾ってもう走り出していた。


「いったぁ...あっごめんね健吾君!すぐに降りるからね!」


美咲さんは足に結び付けられている紐を外すと俺から降りる。


俺は起き上がりながらちらっと美咲さんを見ると、美咲さんは唇を押さえながら顔を俯かせていた。


耳は少し赤かった。


===


二人三脚からこれまた一時間ほど、俺は次の競技に出場していた。


「よーい」


その掛け声と同時に、俺は走る準備をする。


「ドンッ!」


とピストルが鳴るのと同時に、俺は走り始める。

俺は全速力で前に30mほど前に置かれている机へと走る。

運動不足が祟ってか、もう息が切れてきた。


息が切れながらもなんとか机へ辿り着くと、俺は机の上に置かれている箱の中へ手を突っ込む。


果たしてお題は一体なんだろうか。

俺は紙を手で触りながら考える。


俺はこれだ、と思う紙を引き抜き、折りたたまれている紙を開く。


その紙には太くこう書かれていた。


「学校で一番好きな人」


机の後ろに立っている司会者が俺の紙を取り、マイクで俺のお題を伝える。


「学校で一番好きな人」


その瞬間、グラウンドの観客席で歓声ざわめき声が起こる。


俺は一瞬頭が真っ白になった。


そしてグラウンドの観客席を眺める。


真っ先目が行ったのは勿論美咲さんである。


しかしここである問題が俺の行動を妨げる。


もしここで俺が美咲さんを連れて行ってしまったら、他の人からどう思われてしまうのだろうか。


それと、もしここで美咲さんの手を引いてしまえば、俺が美咲さんを好きだということがほぼ確実にバレてしまうということだ。


それはなんだか、恥ずかしい。


すると隣の走者の人のお題を司会者が読み上げる。


「おっと、このランナーのお題も好きな人だー!」


グラウンドの観客席から歓声とざわめき声が上がる。


司会者にお題を読み上げられたランナーはとある観客席の方へ走っていくと、最前列に座っていた女子の手を手に取った。


手を引かれた女子は立ち上がる。


するとランナーは手を引いた女子の足と背中を持ち、その女子をお姫様抱っこする。

グラウンドの観客席からは割れんばかりの歓声が上がった。


その歓声を背に浴びながら、お姫様抱っこの二人はゴールへ歩ていく。


俺の頬に一粒の冷や汗が流れる。


この状況で美咲さん以外に、行けねぇ。


お姫様だっこの二人はゴールテープを切り、再び歓声を浴びる。


そしてゴールした二人を見送った生徒たちの視線は、残ったランナーの俺たちへ向く。


冷や汗が一粒、地面へ落ちた。


やはり、俺も行くしかないのだろうか。


俺は覚悟を決める。


俺はゆっくりと観客席に座っている美咲さんの方へと歩く。


そんな俺の姿に気付いたのか、観客席がざわめき始める。

俺は最前列に座っている美咲さんの前に立つ。


美咲さんと目が合う。美咲さんの周りの人たちが小さな声できゃーと声を上げる。


しどろもどろしている美咲さんの手を取る。

俺に手を取られた美咲さんはゆっくりと立ち上がった。


観客席から歓声が上がる。


みるみると美咲さんの顔と耳が真っ赤に染まっていくのが分かる。

俺も顔と耳が熱い。


俺と美咲さんが歩こうとすると、観客席から声が上がる。


「お姫様抱っこして!」


その声を皮きりに、次々と声が上がる。


「「「「「お姫様抱っこ!お姫様抱っこ!」」」」」


俺と美咲さんは顔を見つめ合わせる。


「ど、どうしようか...」


美咲さんは少し困惑したような、困ったようなそんな表情を浮かべながら俺の顔を見ていた。


「でもなんかこの空気...するしかなさそうだよね...」


「ふふっ、確かに」


俺と美咲さんは覚悟を決める。


俺は隣に立っている美咲さんの足と背に触れる。


その瞬間、観客席から「うおー!」や「いいぞー!」やら「やっちゃえ!」やら掛け声が飛んでくる。やっちゃえってなんだやっちゃえって。


そんなことを思いながらも、俺はゆっくりと美咲さんを持ち上げる。美咲さんが両腕を俺の首の後ろへ回した。


美咲さんが心配そうな顔でこちらを見つめる。


「大丈夫?重くない?」


「重く...いや重たいかも」


そう言った瞬間、美咲さんにほっぺを引っ張られる。


美咲さんがぷくっと頬を膨らませる。


「重くて悪かったですね!」


「いやそんな意味で言ったわけじゃ」


「健吾君の非力じゃ重たく感じるぐらい体重あって悪かったですね!」


なんかちょっと毒が強い。これは多分まじおこだ。


俺は美咲さんを持ち上げて歩き始める。


後ろで歓声が上がる。


「あのー」


「ふんっ」


俺が話しかけようとすると、美咲さんは顔を逸らした。


「何したら許してくれます...?」


俺がそう言うと、美咲さんが俺の顔を見つめる。

そして小さく口を開いた。


「ダイエット付き合って」


「え?」


「だーかーらー、ダイエット手伝って」


「ダイエットってそんな...美咲さん太ってないじゃん」


「いや!もう決めたから!」


「ま、まぁ美咲さんがそういうなら」


俺は首を縦に振る。

それと同時に俺たちはゴールした。


===


「転んじゃったね」


「ははっ、膝がうずくぜ」


「膝擦りむいたことをそんなかっこよく言わないの」


「はい...」


案の定、俺はリレーでこけた。

疫病神発動である。


ちなみに美咲さんのダイエット計画は三日坊主で終わりを告げた。

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