最近、俺にはある趣味が出来た。
「よし...後はちょっとピントを調整してっと...」
俺がシャッターを切ると、パシャッという音と共にカメラに一枚の風景が記憶される。
そう、俺に出来た最近の趣味とは...カメラである。
カメラを始めた理由は父からおさがりを貰ったからなのだが、これが思った以上に楽しかったのである。
同じ風景でも、角度を変えれば違う印象を持つし、同じ場所でも時間を変えれば、季節を変えれば違う印象を持つし、そこに人が居ることで、また違う印象を持つ。
そんな風景を、変わりゆく美しい風景をこの手で収めるのに俺は楽しさを感じていた。
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「ごめんね。休日なのに付き合ってもらっちゃって」
「全然いいよ。それにしても健吾君がカメラの趣味あるなんて意外だよぉ」
「まぁ最近始めたばっかだけどね」
俺は美咲さんと共に日曜日の晴れた空の下を歩いていた。
向かう先は、去年一緒に花火を見た場所である。
隣を歩いている美咲さんの服装は、制服だ。
「制服着てきてもらっちゃってごめんね」
「いいよ。それにしてもなんでモデル私なの?」
「やっぱ初めて人を撮るからには美咲さんがいいなって思って」
「そ、そうなの?...なんだか嬉しいね」
美咲さんは少し頬を赤らめて俯く。
「それと頼める人美咲さんしか居なかったしね」
「それが本当の理由だったりしない?」
さっきの様子から一転、まじまじと疑い深そうに美咲さんが俺の顔を見つめる。
「そ、そんなことないよー」
「ふぅん。あっ、なんか私ソフトクリーム食べたい気分だなぁ。家帰って食べようかなぁ」
「あー奢ります奢ります!ソフトクリーム何本でも」
「ふふっ、じゃあ行こっか」
なんだかはめられたような気がするのは、気のせいだろうか。
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途中でソフトクリームを奢りながらも、俺たちは目的地まで着いた。
「いやぁなんかここに来るのも久しぶりだね」
「花火見た時以来だからね」
「だねぇ。なんだか昨日のことのようだよ」
「まぁなんか濃い一日だったからね」
その時、俺の脳裏にとある記憶が呼び起される。
それは、夜の祭りからの帰り道。
「目、瞑って欲しいな」
「わ、分かった」
美咲さんにそう言われ、俺が目を閉じた後だ。
俺の頬に柔らかい何かが触れた感触を今でも鮮明に思い出す。
確実にキスだった。家帰って鏡見たら頬にキスマークついてたし。
思い出していくと、だんだんと耳が熱くなっていく。
あの時、美咲さんは俺のことをどう思っていたのだろうか。
やっぱりそこまでするということは、俺に恋愛感情を持っていたのだろうか。
持ってないという方がおかしいだろうか。
俺はちらっと美咲さんを見る。
今でも俺は美咲さんは俺に恋愛感情を持っていてくれてるのだろうか。
嫌われているとは思わない。むしろまぁ好いてくれている方だと思う。自分で言うのもあれだが。
まぁ今俺の感想としては多分、95%ぐらいの確率で持ってくれてると信じているが、それが来年も続ているかなんてのは分からない。
「どうしたの健吾君?写真撮らないの?」
「ああごめん。待ってね。今準備するから」
俺は美咲さんに言われてカバンの中からカメラを取り出す。
キレイな空に澄んだ海、最高の背景だ。
美咲さんは去年までは建てられてなかったフェンスのそばに座り、カバンから本を取り出して手に持つ。
「なんか工事されちゃってるね」
「だね。フェンスまで建っちゃってるや」
俺たちは少し残念そうに笑う。
「ポーズはどんな感じが良いかな?」
「う~ん。もうちょっとこっち向いてもらって...あっそうそう。それで上目づかいでこっち向いてほしい。うん。そんな感じ」
俺はレンズ越しで美咲さんの姿を見る。
眼鏡の奥に見える澄んでキレイな紫の瞳に、たなびくキレイな紫が髪。
「ふふっ、なんか緊張しちゃうね。こうカメラ向けられると」
美咲さんが頬を赤らめる。
映る姿のすべてがキレイで、俺は思わず息を呑む。
俺たちの間に少し、無言の時間が流れる。
「どうしたの?撮らないの?」
「あぁ、ごめん。後ちょっとだけ待ってね」
俺はこの光景をよりキレイに撮ろうと、色々と工夫を試みる。
「次の花火も、ここで見たいね」
ふふっと美咲さんが笑う。
「そうだね」
俺も笑い返した。
「ねぇ」
美咲さんが俺の目を見つめる。
「どうしたの...?」
「次花火見るときも、この関係のままなのかな」
「え?」
「私は違うといいなって思うなぁ..なんて...いや!なんでもない!忘れて忘れて!」
美咲さんがブンブンと首を振って俯いてしまう。
「さっきの話って...」
「あーあー聞こえなーい」
美咲さんは両手で耳を塞ぐ。
塞ぐときに見えた耳は、赤く染まっていた。
俺は脳内で美咲さんの話について高速で思考していた。関係というのは、友達から恋人ということだろうか。
そしてつまり、私は違うといいなということはつまり、美咲さんはそれを望んでいてくれるののかもしれない。
実はずっと望んでいてくれたのかもしれない。
俺は確かに、一つ、心であることを決心した。
美咲さんから直接聞かないと決心できなかった自分を恥じながら。
美咲さんが俯いた顔をレンズへ向ける。
レンズの先にいる、きめ細やかな白い肌を赤らめながら、キレイで大きな瞳を眼鏡とレンズ越しに向けている美咲さんを見つめる。
レンズの先には、俺が人生で初めて、そして最高に好きになった女子がそこに居た。
俺はゆっくりと、カメラの奥に見える瞳を見つめながらシャッターを切る。
俺の中の最高傑作が、カメラへ保存される。
「どんな感じどんな感じ?」
美咲さんが興味深げにカメラを覗き込む。
「俺史上一番の写真だよ」
「えーなんかそう言われると照れるなぁ」
「美咲さん以外なら絶対にこんなに良い写真にならなかったと思う」
「そこまで言ってくれるんだ」
「うん。それぐらいにキレイだ」
俺はまじまじと写真を見つめ、そして隣に立っている美咲さんを見る。
写真と変わらない、キレイで可愛い姿。
俺が惚れた存在は、こんなにキレイなのだ。
カメラでまじまじと見たから、これまで以上にそれを感じる。
「これSNSに上げてもいい?」
「え?まーいいけどどうしたの?」
「いや、こんな良いもの共有したくてさ。全てがキレイなこれを」
「そんなに褒めてくれるなんて、モデルのし甲斐があるってもんだね」
美咲さんは嬉しそうに笑った。
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俺と美咲さんは部室で呆然と立ち尽くす。
俺たちの視線は、俺のスマホへ向けられていた。
3.5万、市によっては全ての人口になりえるほどの数字だろう。
それほど大きな数字のいいねが、俺のとある投稿についていた。
そう、勿論その投稿とは
「私の写真...バズってる...」
「本当にこんなにいいねつくもんなんだね。いやぁ驚き驚き」
「なんか他人事じゃない?」
「いやいや、そんなことないよ」
「なんかこんなに見られたと思うと恥ずかしくなってきちゃった」
「まぁこんなにも多くの人にいいと思ってもらえたってことじゃない?」
「確かに健吾君の言う通りだけど...それでも恥ずかしい」
美咲さんの耳は、真っ赤に染まっていた。
その時、ガラガラと部室のドアが開く。
入ってきてそうそう、由美先輩が口を開いた。
「美咲ちゃんの写真流れてきたよぉ」
こんな身近な人にも流れてくるなんて、バズるとはいやはや恐ろしいものだ。
俺は恥ずかしがる美咲さんを見ながら、そんなことを考えた。