俺はカタカタとキーボードを叩く。
隣では俺と同じように美咲さんがキーボードを叩いていた。
美咲さんは手を止めると、カバンの中からチョコの箱を取りだし、開け始める。
そして美咲さんはそのまま取り出したチョコを口に放り込んだ。
その様子を見ていた俺に気付いたのか、美咲さんは俺に微笑みかけると、箱から一つチョコを取り出す。
「欲しい?」
「欲しいなぁ」
「う~ん...どうしようかなぁ」
美咲さんが不敵に微笑む。
その後、ふふっと笑うとチョコを俺の口の前にまで運ぶ。
「ふふっ、冗談だよぉ。はい、あーん」
俺は美咲さんに言われた通りに口を開ける。
開けると同時に、俺の口にチョコが放りこまれる。
その瞬間、口の中にチョコの甘い味が広がった。
===
町の外れにある小さな喫茶店。
そこで俺と誠一はちびちびとジュースを飲んでいた。
周りを見渡すが、俺たち以外の客は居ない。
「で、最近美咲ちゃんとはどうなんだよ」
「どうなんだよって言われても...普段と変わらないとしか...」
「あれが普段なのか!?」
「あれって一体どの話だよ」
「そりゃ部活の時に、チョコ食わせてもらってただろ」
「まぁでも、最近は結構食べさせて貰ってるし」
「なんかさ...」
誠一が一口、コーラを飲む。
だが、ほんの一口だったのかグラスの中のコーラがほとんど減っていない。
「最近、お前と美咲ちゃん....距離近くね?」
「距離?」
「あぁ距離だよ。なんか最近のお前たち見てるとカップル越えてる気がしてならねぇよ。俺由美先輩とまだそこまでしてねぇもん」
「いやいや特段距離が近いってわけじゃ...」
そう言って手を振って否定するが、俺は最近の記憶を思い返す。
様々な美咲さんとの記憶が俺の脳裏をよぎる。
そしてある一つの結論に辿り着いた。
「近いかも...しれない」
===
あれは入学式の時には満開に咲いていた桜の花がほとんど散ってしまった頃だっただろうか。
俺と美咲さんは花が散ってしまった桜の木の下のベンチで二人して座っていた。
ただ何もせず、ただ二人でぼーっと前の鳥が歩いているのを眺めていた。
「なんか眠くなってきたな」
俺は子供の声に驚いた鳥が飛び立つ瞬間を眺めながら、小さく呟いた。ふぁぁとあくびをする。
「ふふっ、確かに顔が眠そうだよ」
美咲さんが俺を見ながら小さく笑った。
そしてとんとんっ、と膝を叩いた。
俺が不思議そうな顔をしているのに気付いたのか、美咲さんが口を開く。
その顔の頬は少し赤い。
「貸してあげる」
「え?」
「だーかーら。眠そうだから、私の膝貸してあげる」
それはつまりその...膝枕というやつだろうか。
「えっ...いいの?」
「ふふっ、いいのってなに」
美咲さんが口を押さえて笑う。
俺はじっと美咲さんの膝を眺める。
果たして俺は本当にこの膝に頭を乗せるべきなのだろうか。
このまま行ったら引かれました。みたいなことにはならないだろうか。
だが膝枕である。
恐らく全男子が引かれる単語だろう。知らないけど。
俺は引かれる僅かな可能性と膝枕の魔力を天秤にかける。
天秤は、膝枕の魔力の方へ傾いた。
「じゃあ、失礼します」
俺はゆっくりと頭を膝へ乗せる。
耳が、スカートに触れる。
太ももの柔らかい感触が、頭を包んだ。
「寝心地悪くない?」
「さ、最高です」
「さ、最高かぁ...なら良かった」
美咲さんは若干戸惑ったような声をあげながら、小さく笑う。
俺はちらっと上を見上げる。見上げた先には頬が火照った美咲さんの顔がそこにはあった。
「なんかこれ...恥ずかしいね...」
「ははっ、俺も」
しばらく、俺と美咲さんは見つめ合う。
俺は恥ずかしくなってきて横に目を逸らした。
「ねぇ、なんで美咲さんは急に膝枕なんてしてくれたの?」
「それ聞いちゃだめだよぉ。秘密だよ」
そう言って美咲さんはふふっと笑う。
少し、無言の時間が流れる。
「なんか眠たくなってきちゃったな」
ふぁぁとあくびをする。
「寝てもいいよ。起こしてあげる」
「でも大丈夫?足とか痺れない?」
「うん!全然平気だよ」
「じゃあお言葉に甘えて」
俺は少しどうしようか迷いながらも、お言葉に甘えて瞼を閉じることにした。
視界が真っ暗になることによって、俺のすぐそばに居る美咲さんの存在をより鮮明に感じる。
美咲さんの息遣い、温度、心臓の鼓動まで感じられそうだ。
そんなことを考えてしまうと、だんだんとドキドキしてて来て目が覚めてきてしまう。
心臓の鼓動が早くなる。
俺はゆっくりと目を開けた。
そんな俺に気付いたのか、美咲さんが声をかけてくれる。
「どうしたの?寝れない?」
「うん。まぁちょっとね」
「ふふっ、確かに外だしね」
「ま、まぁそうだね」
なぁ実際の問題はそれではないのだが、本当のことを言うのも気恥ずかしいので本当のことは伏せておく。
「任して」
上から美咲さんの自信満々そうな声が飛んでくる。
「どうしたの?」
「私ね、昔だけどね、弟寝付かせるの超上手だったんだよ?もう私がすると弟すぐに寝ちゃうぐらい」
「へ、へぇ」
「だからね、健吾君も私の手で寝付かせてあげる」
「ちなみに一個だけ聞きたいことあるんだけど...それって弟が何歳ぐらいの時かな?」
「う~ん。四歳くらいかなぁ」
果たして俺は四歳児と同じ方法で寝れるのだろうか。
いささか疑問である。
だが、そんな俺の不安など気付く様子すらない素振りで、美咲さんは俺の背を撫で始める。
俺は美咲さんを信じてゆっくりと目を閉じた。
===
俺は眠たい目を擦りながら、ゆっくりと目を開けた。
空は目を閉じる前と違い、夕焼けに染まっていた。
俺はいつの間にか寝てしまっていたようだ。美咲さん、恐るべし。
その時、俺は腰の辺りに重みを感じた。
重みを感じる方向を向くと、小さな寝息を立てている美咲さんが俺の腰の上に頭を置いてすやすやと眠っていた。
膝枕をしている相手が、俺の腰で眠っている。
なかなか見ない構図だ。
だが、俺が起きた時に動いてしまったのが原因なのか、美咲さんはゆっくりと顔を上げて目を開ける。
「あれ?私もしかして寝ちゃってた?」
美咲さんが目を擦りながら驚きの声を上げる。その顔はまだ眠そうだ。
「ははっ、まぁそうみたいだね」
「もう夕方じゃん。私どんだけ寝ちゃってたんだろ」
同意見である。
「空も暗くなってきたことだし、そろそろ帰ろっか」
俺はゆっくりと背を起こして、ベンチから立ち上がる。
ちらっと美咲さんを見てみると、まだ美咲さんは立ち上がろうする様子もなく、ベンチに座っていた。
「どうかしたの?」
「いや...そのね...」
美咲さんが言いずらそうに俺の顔を見た。
「足痺れちゃった」
俺たちはベンチで二人、笑いあった。
===
そんな俺の話を聞いた誠一は、残っていたコーラを飲み干すと、大きなため息をついて一言。
「告っちゃえよ」