「中学校の時から...いや、幼稚園の頃から男女問わず私に告白してきてさ、いやもうほんとに困っちゃうぐらいに。そしてそうして何年もいろんな人と付き合ってみてもあんまり相手のこと好きになれないし、相手へ興味が湧かなかったの。例え相手がイケメンでもブサイクでも」
少し寂し気に、目元を伏せながら先輩は話し続ける。
この先輩の顔を他の人が見れば絵になるやら美しいやらの褒め言葉で溢れることだろう。
キーンコーンカーンコーンと校舎から離れたここへ小さく予鈴が聞こえる。
先輩は俺の上を退く気が無いし、俺も抵抗するだけ無駄だろうと思い、身体の力を抜く。
あぁ、初めての無断欠席だなぁと予鈴を聞きながら考える。
予鈴が鳴り終えると、先輩の頬が少し赤らんだ。
「でね、もう誰と付き合ってもこんな感じなんだろうなって思ったその時に、ある男の子に告白されたの。今まで告白してきた男子とは違う男子、どんな子だと思う?」
「...三歳児とかですか...?」
「私にショタの趣味はありませーん。正解はね、その男子、彼女持ちだったんだ」
「彼女持ち...?」
俺の頭が一瞬フリーズする。一瞬言葉を疑ったが、どうやら嘘をついている様子はない。
「そう彼女持ち、一瞬正気かなって思ったけど、面白そうだったから付き合っちゃったの。どうせすぐ別れるしって思ったんだけどね、その男子は違ったの。
特別顔が良い訳でも口が達者なわけでも気が効くわけでもないのに、私、その男子のこと気になっちゃったの。好きとはまた違うような感情だったけど、彼女からこの男子を奪い取ったっていう事実がね、私を興奮させたしワクワクさせたの」
先輩の頬はもう完全に火照っていて、俺の頬にぽとっと小さな汗が落ちる。
「キスをするときも、あぁ本当なら今頃彼女としてたんだろうなとか考えると...ぞくぞくしちゃうの」
俺は一つ、ある考えに辿り着く。
いや、もうとっくに辿り着いていたような気がする考えだが。
俺は先輩の火照った顔を見ながら思う。
この人、関わったらかなりまずい人だ!
俺にNTRの癖はない、純愛一筋だ。そんな俺にとってこの人は、かなり危険分子と言える。
遠くからチャイムが鳴る音が鳴る。
「あ、あの先輩...もうチャイム鳴ったんで帰っていいですか...?」
「私と授業、一体どっちが大事っていうの?」
「普通に授業です」
先輩は不満気に口を尖らせる。
「ここまで拒否されちゃったことだし、流石に今回は身を引こうかな」
そう言って先輩は俺の上からどいて立ち上がる。
俺も背中についた土を払いながら立ち上がった。
立ち去ろうとしていた先輩がくるっと顔をこちらに向けて話し始める。
「私、告白断られたの初めてなんだよね」
「は、はぁ...それはまたモテてるようで何よりです」
先輩の頬が再び紅潮し始める。
何か少し嫌な予感がする。
「私が拒否されたって感じるとまただんだんと興奮してきちゃった...
私、君を手に入れるまで諦めきれないかも...」
そう言って唇を舌で舐め、振り返って歩き去っていった。
美咲にどう弁明しようかやら授業どうしようかなど、考えることがたくさんありすぎて頭が爆発しそうである。
俺は爆発しそうな頭をかきながら何の気なしにポケットからスマホを取り出し、画面を点けると一件の通知が来ていることに気付いて通知の内容を確認して、俺は驚きでまた頭が爆発しそうになった。
『よろしくね、健吾君』
送信主は池井 梨花と書かれている。
恐らく先ほどの先輩だろう。
そんな通知を見ながら俺はあることをずっと考えていた。
「いつ連絡先交換されたんだ...?」
手品かな、と俺は不思議に思いながらもそう一応結論付けた。
===
1限ぐらい休んでもいいんじゃない?と言っている心の中の悪魔と、ダメよ。ちゃんと遅れてでも授業に出なきゃと言っている心の中の天使が戦った結果、ギリギリで天使の方が勝ち、俺は遅れながらも授業に出席する。
がらがらと教室の後ろのドアを開け、俺は身を小さくさせながら教室へ入る。
教室に入った途端、振り返った美咲と目が合う。
俺が会釈しようとした瞬間、美咲はキッと俺を睨みつけ、ぷいっと前を向いてしまった。
絶対勘違いして怒ってるよなと思いながら俺は席に座る。
これからどうなるのかと考えて小さくため息が出た。
「健吾君、遅刻ですよ」
と言いながら教科書片手に歩き回っている物理の先生の声は、どうやって弁明しようかということで頭がいっぱいの俺の耳には届かなかった。
ぐぅ~と情けない音を出しながら、俺の腹が鳴る。
そういえば、弁当置いてきちゃったな。
===
「み、美咲...」
俺は後ろから恐る恐る美咲へ話しかける。
「なんですか健吾君。彼女と話さなくていいんですか?抱きついたりしてあんなに仲良さそうだったのに」
「ち、違うんだよ。誤解なんだってば」
「何が誤解なの?抱き合ってた癖に」
「あ、あれはあっちが急に倒れてきたからで...」
その時、ガラガラと教室のドアが開いた。
「健吾くーん。遊びに来たよー」
俺の首筋には一粒の汗が流れた。
恐る恐る美咲の顔を見ると、今まで見たことのないような鬼の形相でこちらを睨みつけていた。
「ち、違う。これはあっちが勝手に来ただけで...」
俺が必死に弁明しているのにも関わらず、先輩はこちらへ近づいて来るだけではなく、俺に腕へぎゅっと抱き着いた。
「け~んごくんっ」
甘い可愛らしい声で先輩に話しかけながら上目遣いでこちらを見つめてくる。
ぎょっと驚いたような、怒りを含んだような目で美咲がこちらを見つめている。
「健吾君...?」
「せ、先輩何やってんですか!?離れてください」
「私たち、一緒に抱き合って、あまつさえキスをした仲じゃない」
こいつ...平然と嘘を言いやがって...
「え...」
美咲が呆然とした表情でこちらを眺めている。目元には小さく涙が溜まっていた。
「美咲、これは違うんだって。絶対に勘違いしてるんだって。そもそもキスなんてしてないし、これは真っ赤な嘘なんだって。この人は俺たちの仲を引き裂こうとしてるだけで...」
「え~けんごく~ん。私の胸触ろうとしたじゃん」
「そ、それは...」
「健吾君...それ本当なの...?」
俺は話そうとするが、なんて話せばいいか分からず黙ってしまい、思わず俯く。
一瞬の間、俺たちの間に沈黙が流れる。
いや、俺たちだけではなく俺たちの騒ぎを眺めていたクラス中に、沈黙が流れる。
そして、ゆっくりと美咲が口を開いた。
「健吾君なんて嫌い...」
そう言って美咲は教室から走り去っていく。
その後を追いかけようとするも、腕を引っ張られ、腕を振りほどいて教室から出た時にはもう、廊下に美咲の姿は居なかった。