あの日、教室から走り去って行ったきり、その日美咲は戻ってこなかった。
どんだけメッセージを送っても、どんだけ電話をかけても繋がらないので、恐らくブロックされているようだった。
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「はぁ...やっちまった...」
俺はベッドに倒れこんで今日の自分を悔いる。
ずっとスマホを見つめているが、一向に美咲から連絡が返ってくる様子はない。
あの女があんなことしなければと考えるが、一瞬の欲情に負けた自分が何か言えた筋ではない。
ブロックされた今、やはり直接謝るしかないだろう。
俺は明日どうやって謝るか考えながら、部屋の電気を消した。
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次の日、美咲は学校に来た。
俺は美咲が来るなり、美咲の席へ駆け寄る。
俺はどこか美咲の顔を見るのが怖くて美咲のことが見れない。
「み、美咲、昨日のことはその...」
俺が謝ろうとした瞬間、俺のスマホから着信音が鳴る。
「取ったら?」
冷たい声で美咲が電話を取ることを促す。
俺がポケットからスマホを取り出すと、画面には池井 梨花と表示されていた。
俺は慌てて電話を切る。
「誰からかかってきたの?」
「そ、それは...」
俺は言い淀んでしまう。ここで名前を出したらまずい気がした。
「ねぇ?」
今まで一度として聞いたことがないような、低い、冷たい声で美咲が問い詰めてくる。
「あの先輩...です...」
「ふ~ん。あんなことがあったのにブロックしてないんだ」
「ブロックするのは流石に可哀想かなって...」
「健吾君の言い分が正しかったら、あの先輩は健吾君と私の仲を引き裂こうとしてるのにそれでもまだ関わろうとするんだ」
「そ、それは...」
俺は何か言おうとするが、何も言えない。
「それにその...あの先輩の胸触ろうとしたってのも否定してくれなかったし...」
「あ、あれは一瞬魔が差しただけなんだ。許してくれ」
「ふ~~ん」
美咲はそう小さく言うと、一拍置いてから、再び口を開いた。
「健吾君、私たち別れよ?」
「な、なんで...?」
「何でって...それは一番健吾君が分かってることでしょ!?」
小さかった美咲の声がだんだん大きくなる。
まだ俺たち以外に誰も居ない教室に、美咲の声が響く。
「それは...うん...そうだね...」
俺は何を言えばいいか分からず、真っ白な頭で必死に言葉を探すが、一向に見つかる様子はない。
「それに...」
大きくなっていった先ほどとは正反対に、今度はだんだんと美咲の声が小さくなっていく。
「健吾君、一度もごめんって最後まで言ってくれなかった。魔が差してごめんって、言ってくれなかった」
美咲の目からぽろぽろと涙が机へこぼれ落ちて行く。
「それは....その...ごめん...」
「もう遅いよ健吾君...私、健吾君の事本当に好きだったのに...初恋の人だったのに...」
「ごめん...」
「うぅ...」
美咲が制服の袖で涙を拭う。
そして美咲泣きながら、俺に告げる。
「もう話しかけないで」
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その後二週間、俺は毎日美咲に謝ったが一向に口を効いてはくれなかった。
クラスでもあの騒動以降、元々近くなかったクラスメイトとの距離が、大分離れてしまったように感じる。
部活では美咲以外の部員は前と同じように話しかけてくれるが、どこか居心地が悪くて最近休みがちである。
あの一件以降、がらりと俺の学校生活は変わってしまった。
そして今日もまた、変わった原因が俺の教室へ遊びに来ていた。
「ねぇねぇ、そろそろ気持ち変わって私と付き合ってくれる気持ちになってきた?」
「全然なってませんよ」
先輩は休み時間になると毎回のように俺の教室へ遊びに来ては、短い間の休み時間ずっと俺に話しかけるということを繰り返していた。
何回かもう来ないで下さいと伝えたが、それでも懲りずにやってくる。
一体どうすればいいのだろうか。
日奈にはそういう時は一発怒鳴っちゃえばいいんだよと言われたが、人生16年ほど生きてきて一度も怒鳴ったことがない自分にとっては、どうやって怒鳴るのかがまず分からない。
そもそも、俺に人を怒鳴るような肝っ玉はない。
だからこうして毎日塩対応を繰り返していた。
なんだか最近、学校が楽しくない。
過去に戻れたらなぁ...とふと授業中に想像する毎日だ。