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第五話 幕切れ 魂を燃やした猫の神

 神の闘気をむき出しにした地獄谷、結びが強敵と認めた相手。

 本気……に近いお遊びに近い蹴りを軽々と避けた素早さ。

 つまり、速さでは結びに勝っている事になる。

 だがそれは短時間での話、長時間戦えばもちろん結びが勝つ。

 故にルールを決めよう、という流れになった。


「確認だが、私の攻撃を10秒避けるでいいか?」

「それ以上だと私が死ぬにゃ」

「いい判断だ、実力に見合っている、先程の私の本気の蹴りを避けれる訳だ」

「よく言うにゃ、挨拶代わりなだけだった」

「なら本気でやってやる……行くぞ!」


 2人の手合わせが始まった、音はするけど姿が見えない。

 人の目では追えない速度、縁やシーナはもちろん見えている。

 一本槍は何とか見えている様で、他の生徒達は見えずに混乱していた。

 そこに絆が縁の隣にふわりと現れて、戦っている2人を見る。


「あらあらお兄様? 何やら面白い方が居ますわね?」

「絆、どこに行ってたんだ?」

「あら、野暮用でしてよ? それよりも、そこの倒れている方とお姉様が相手にしている方、不幸から脱した様ですが?」

「ああ、見込みがあるから助ける事にした……いや、蓋をあけたら2人共いい素質を持っていた」

「そこの男性の素質はわかりませんが……今お姉様が相手にしている方はわかります」

「どうやら、干支に選ばれなかった猫の家系らしい」

「まあ!」


 絆が興味を持ったように2人……いや、地獄谷を目で追っている。

 目で追いかける事を諦めたツレが、縁の方を向いた。


「えに先、やっぱり干支に選ばれる動物達って神様なんすか?」

「そうだ……っても神様の世界も広い、地域ごとだったりと色々ある」

「そこは人の世と変わらないんすね、地域によって価値観が違うつーか」

「ああ」


 一方、全力で攻撃する結びと全力で避ける地獄谷。

 結びの素早い猛攻を、それ以上の速さで避けていた。

 これだけでも、地獄谷の持つ素質の高さがわかる。


「やるな! 私は間違いなく全力でお前を攻撃している! だがかすりもしない! 素晴らしい素早さだ! 速さには自信があったのだがな!」

「……」


 結びに対して地獄谷は一言も喋っていない。

 高速での戦闘、喋れば舌を噛む可能性がある。

 そんな状態で喋れる結びは、やはり強いのだろう。

 いや、それは当たり前の話だ、彼女は界牙流の四代目。

 伴侶を世界中から守る流派なのだから。


「む、結び先生の攻撃を……全てかわしている……ぼ、僕には出来ない……あ、あれが彼女の本気、今の僕でも……絶対に攻撃を当てれない」


 一本槍が冷や汗を出しながらそう言った。

 彼は2人の動きが見えている、つまりは理解出来るという事。

 見えない生徒達は凄い、やるねー等々、驚いていたが一本槍ほどではない。

 何度も言うが一本槍は見えている、見えているからこその恐怖だった。


「一本槍君、俺が首をつっこむ事じゃないが、彼女を許せるか?」


 縁がふとそう一本槍に聞いた、複雑そうな顔をした後にため息をして答える。


「正直言って、許せないと同時に感謝しているんですよ」

「ふむ」

「あの出来事が無かったら間違いなく今の僕は居ません」

「確かに」

「……それに、誰かに対してずっと怒るというのは疲れます、許せる時が来たら許す……かもしれません」

「そうか」


 一本槍も何処かで折り合いを付けるつもりだ。

 それを聞いた縁は笑うと視線を2人に戻す。

 戦いを続けている2人、そろそろ10秒に近寄っていく。


「ははははは! 10秒というのは思いのほか長いだろう!?」

「!?」


 地獄谷は最後の最後で地面に降りて、ジャンプで時間を稼ごうとした。

 だが披露からか足を滑らせてしまう、もちろんこの隙を見逃す結びではない。

 ふらつく地獄谷に対して、笑顔で渾身の右ストレートを放った!


「これで最後だ! もらったああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 避けれないと悟った地獄谷は、自身のオーラの全てを両腕に宿す!

 なんと! 結びの攻撃を真正面から受け止める気の様だ!

 その光景に誰もが無謀と思った、だが地獄谷は引かない!


「恋する乙女なめんなにゃーーーーーーーーーーーー!」


 ぶん殴られた地獄谷は、足で地面を削りながらも耐えた。

 なんと耐えたのだ! 結びの全力のぶん殴りを!

 だがもちろんただではない、代償は大きい。


「ぐっぐぐ……ふー……ふー」


 まず全身が震えている、特に攻撃を受け止めた両腕は更に震えていた。

 髪の毛もぼさぼさ尻尾も逆立っていて、口から血を出し鼻水も涙も流す。

 だが! 地獄谷は立っている! 避けるというルールは負けたかもしれない。

 しかし! 結びの全力の一撃を耐えたのだ!


「私の全力を……立って耐えた!?」


 結びは驚きの声をあげた、今まで自分の本気を耐える生徒はごく一部だったからだ。

 見いてた生徒達、もちろん縁やシーナ達も驚いて声が出なかった。


「見事だ、地獄谷さん」


 結びはきりっとした顔で地獄谷に近寄ると、深々と頭を下げたのだ。


「すまなかった、理由があったとはいえ、お前の最愛の男性に暴力を振ってしまった」

「……」


 地獄谷は何も言わない、今の彼女にそんな余裕は無い。

 ここで気を許してしまうと、間違いなく気絶する。

 してなるものか、私を無条件でかばってくれた男の為。

 地獄谷はニヤリと笑った、その顔は私は負けてない。

 そう顔が物語っている、試合に負けたかもしれない。

 だが誰から見ても、勝負には勝ったのは地獄谷だろう。


 いつの間にか、絆とシーナのクラスの女子生徒が近寄っていた。


「お姉様ここは私が、彼女は信仰心を使い切ったようです」

「頼んだ」


 結びは天空原の方へと歩き始めた。

 絆はそっと地獄谷に触れて、自身の信仰心を分け与えた。 

 地獄谷はその場にへたり込んでしまう。

 それを見ていたシーナのクラスの女子達は、こぞって地獄谷を囲んだ。


「絆ちゃん、そのこと仲良しになるスタートダッシュは私達もするしょ!」

「そうそう、抜け駆けは良くないよ?」

「猫の神様、これは仲良くして神社に案内してもらわないと」

「待ってくださいアカネ、神社があるとは限りませんよ? わちきの知識では――」

「それより髪の毛とかセットしなおそう! 確かカバンに! てか怪我治さなきゃ!」


 天津京子あまつきょうこ天津紫苑あまつしおん久城くじょうアカネ、修士しゅうし利発りはつ九十九つくも未知納みちなだ。

 女子トークの空気全開でわちゃわちゃし始めた、もちろん絆も混ざっている。


「地獄谷君、君を禁術から救う為とはいえ、暴力を振るってしまった、申し訳ない」


 結びは天空原の前まで行って、地獄谷と時と同じ様に深々と頭を下げた。


「いえ……正直言って、自分じゃ制御出来なかった、こう……心が暴走というか、自分が一番強いって錯覚におちいってました、ありがとうございます」


 天空原は軽く頭を下げると、ハッとした顔をして地獄谷の方を見た。


「あ! 地獄谷は大丈夫なのか!?」


 天空原は駆け足で地獄谷に近寄った。

 地獄谷はあの短い時間で見た目は元通りになっている。

 いや、少し疲れているのかもしれない、疲労が見て取れた。


「地獄谷、大丈夫なのか?」

「……この神様がなんとかしてくれたにゃ、あ、いや……く、クラスメイトもにゃ」

「あの、ありがとうございます」


 天空原は絆達に対してお辞儀をした。

 地獄谷は天空原とは目を合わせないようにしている。

 絆は余計なお世話とはわかっているが一言言った。


「いえいえ、後心配なのはわかりますが……後日改めての方がいいかと」

「え? あ、ああ……」


 その言葉で色々と思い出した、地獄谷がブチギレた理由は自分。

 そして地獄谷が顔を真っ赤にしているのはわかる。

 自分もきっと真っ赤だと天空原は考えた。


「地獄谷、ありがとうな」

「……にゃー」


 お互いに顔を真っ赤にしてそれだけの会話、天空原は縁達の方へと戻ってきた。

 この時の周囲の考えは一致していたかもしれない。はよ付き合えと。

 戻ってきた天空原はシーナに声をかけられた。


「さて、仲直りには飯だな!」

「え? ご飯? 」

「ああ、もうすぐ昼だ……いや、もう過ぎたか? とりあえず飯だ飯、天空原、お前何が好きだ?」

「え? ああ……魚とか?」

「ふむ、猫らしいな」

「アポロニア、失礼だろ……いや、わかるけどさ」

「お、だったら魚が必要だな、俺の爺ちゃんが漁師なんだよ」

「では私はレシピの検索を――」

「魚ならカツオのタタキが食べたいござるか」


 シーナのクラスの男子生徒のアポロニア、ダエワ、クラッシュ・豪傑ごうけつ工学院こうがくいん兵機へいき因幡いなば鍵之介かぎのすけ

 彼らが仲間に加える様に、天空原に話しかけた。

 一連の流れを確認した後に、縁が結びに労いの言葉をかけた。


「お疲れ様、結びさん」

「ビックリだぜ、縁から見て地獄谷さんはどうだった?」

「最後の一撃、アレは俺達の愛に匹敵していた」

「おおう、片想いでそこまでとは」

「……両想いじゃないのか?」

「馬鹿野郎、乙女には……いや、両者には素敵な出来事があって両想いでしょ」

「ああ」

「んじゃ私達もご飯だね、シーナ先生達の流れにのるよ~」

「そうするか」


 この後、結びのクラスとシーナのクラスが合同の食事会をした。

 この交流で2つのクラスの縁は強い物になっただろう。

 まだ解決していない問題もあるが、そんなのは後日でいい。

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