縁と結びは桜野学園の職員室に居た。
今日は生徒達はお休み、だが先生達は仕事がある。
縁達は自分達の生徒のレポートを読み、感想やアドバイスを書いていた。
「今日も先生のお仕事だね~」
「うん、それが当たり前な――」
縁は自分のカミホンを素早く確認した、何かを受信したようだ。
「結びさん、地獄谷さんと天空原君が危険だ」
「お、んじゃそっちを片付けましょうか、先に行ってる」
結びは地獄谷達の所へと向かう、自分の生徒達の気配察知は簡単だ。
そして素早く駆けつける事も出来る。
だが、いくら生徒でも毎回毎回助ける訳ではない。
実戦こそ最高の経験だからだ、これは生徒達に伝えている。
とは言えこのさじ加減は難しいだろう、一歩間違えれば取り返しのつかない事となる。
「ありゃ、私が駆け付けてくる前に一本槍が居たね~」
「お久しぶりです結び先生」
「ふむ……」
結びは周りを確認した、買い物袋が破れて中身が散乱している。
地獄谷が息があがっていて声を出せないようだ。
つまりは逃げ回っていたという事。
そして天空原は怪我をしている、禁術の青鬼を使い地獄谷を守る様に立っている。
おそらくは結びが居る事に気付いてはいない、彼女を守る事だけに集中しているようだ。
そして一本槍は余裕の表情をしていて、まだ本気も出していないようだ。
敵は虎の亜人、結びが来ても顔色を変えなかった、つまりは自信があるのだろう。
結びは現状を簡単に口にした。
「2人のデートを邪魔する奴らが現れて、一本槍がまたまた通りかかったって感じ?」
「ええ、まさか街中で襲撃してくる神が居るだなんて、先程地獄谷さんのカミホンが壊されました」
「なるほど、カミホンが壊れたから縁君に連絡が来たと……ふむ、カミホンが壊れないと助けが呼べなかったと」
「はい、相手は神なので色々と妨害してきましたね」
結びと一本槍の会話にやっと天空原が気付いた。
そしてその場に膝を付く、身体に相当な負担がかかったのだろう。
助かったと安堵した天空原を見た敵は、高らかに笑い出した。
「ぶはははははは! 何だ何だ!? せっかく弱い者いじめをしていたのによ!? 地獄谷に落とされた猫がどんなもんかと期待し――」
「幸せ者だね~」
「あん?」
いつの間にか縁が天空原達の近くに立っていた。
鞄から薬箱を天空原の近くに置き、地獄谷の近くにはペットボトルの飲み物を置いた。
そのペットボトルの飲料のラベルには、神の疲労にこれ一本と書かれていた。
「大丈夫か? 天空原君」
「先生達の授業が無かったら危なかったです」
「よく耐えた、地獄谷さんも無事でよかった」
「にゃ……私は逃げ続けただけ、一本槍……さんに助けてもらったにゃ」
地獄谷は申し訳なさそうに一本槍を見た。
自分のした事を考えると一本槍に恨まれても仕方ない。
地獄谷は耳と顔もこれ以上ないくらい申し訳なさそうにしている。
「私は……酷い事したのに助けてもらったにゃ」
「さっきも言いましたが僕は縁先生の生徒です、人の幸せを壊してまで自分の恨み言を言うつもりはありません」
「……にゃ」
「そして本気で反省している人に追い打ちをかける様な事をしたら、我が師が化けてでるかもしれません、人様の歩みを止める暇があるなら歩けと」
流派回歴、それは名の通り歩く意味を持つ、誰かを恨むという事は足を止めるという事になる。
復讐に囚われ過ぎては進めない、他人の足を引っ張る暇があるなら自身の為に歩いた方がいい。
「つまり誰が何と言おうと僕はは貴女を許します」
「にゃ」
「相手は神です、後は縁先生に任せましょう」
「縁……? ああ! 妹の為とかいって人間界で暴れた神か! そのウサミミカチューシャとジャージで思い出したぜ!」
相変わらず虎の神は笑っている、これだけでもうわかる。
相手は今天狗になっている、言うなれば自分よりも弱い者としか戦ってこなかったのだろう。
縁や結びを見ても危機感を感じていないのは、声や態度に出ていて絶対に勝てると思っている。
縁を嘲笑う様に話し出した、だがそれは身の丈に合わない選択肢の始まりだった。
「知ってるぜ? 数多の命を葬った神様だ、俺と同じねーか」
「虎の神様や、縁君が君とどう一緒なのさ?」
「あ? そりゃ自分の目的の為に力を見せた神だろ」
「なるほどなるほど、君の目的は?」
「ああ? ストレス発散以外にねーだろ!」
「あらら、シンプル」
ストレス発散、その言葉で縁を怒らせるには――いや、ブチギレさせた。
「つまりお前は……自分の私利私欲の為に……地獄谷さんの家を壊した、そしてその行為と……同じだと……?」
「にゃ!? コイツが犯人かにゃ!?」
地獄谷は驚きと共に虎の神を睨んだ、だが相手は相も変わらず笑っている。
その態度が縁を更に怒り狂わせた、縁相手に縁の象徴でもある家を破壊した。
これはもう我慢出来ない縁だった。
そしてこの時、ウサミミカチューシャにひびが入っていた。
「……昔の自分を見ているようでイライラする……自分は正しく誰にも迷惑をかけてない、コイツからはそれを感じる」
「縁君?」
違和感を感じた結びが近寄ろうとした時――
「妹を守ったあの戦いが……お前と……同じだと?」
ウサミミカチューシャが完全に壊れた、何時もの真っ白な神様モードではなかった。
かと言って昔、言わば結びと恋人になる前の返り血の様な姿でもない。
縁の服装は白をベースに黒い色で模様が描かれている和服。
縁は虎の神を見て笑っていた、これからお前を幸せにしてやる、そんな笑顔だ。
それまで笑っていた虎の神は笑っていなかった、信じられないモノを見ている目をしていた。
「なっ!」
突然縁を崇めるかの様に急に地面に這いつくばった虎の神。
何かの力で強制的に土下座の形になったのだろう。
そしてこの場面を見ている者達は動けなかった、結びですら。
つまり恋人でも近寄れない圧を放っていたのだ。
「俺は
縁は地面に這いつくばっている好天の肩を優しく叩いた。
身の丈に合わない選択肢をした者の末路は言うまでもない。
「好天よ、お前の願いは叶えてやる、弱い者いじめが好きなんだな? だったら俺をいじめるといい……毘沙門天様に仕えている虎毘沙の一族、ならば俺より位は高いだろう?」
「……!?」
「ふむ、お前の一族を巻き――」
縁は突然、複数人の虎の亜人達に武器を突き付けられていた。
そして年老いた虎の亜人と、その隣には女性の付き人の虎の亜人が居る。
年老いた虎の亜人には威厳があり、好天の顔に似ていておそらくは親族なのだろう。
「おやお久しぶりです、虎毘沙
「縁殿、今更の謝罪をしても遅いのは解っているが、怒りを沈めていただけないか」
縁はニコニコとして威圧感を放つのを止めたが……姿はそのままだった。
そして深いため息と共に震えている好天を見下ろしている。