「ラギ」
音川が呼びかけるとラギは赤く充血した目で見上げた。
「ここまでついて来てくれてありがとう。あと、ごめんなさい。私のせいであなたの大事なお姉さんを危険なことに巻き込んでしまった。ううん。あなただけじゃない。ヒミタ爺やここにいる皆にも助けてもらったし迷惑もかけた。だから今度は私がラギを、皆を助けるために動きたい」
音川はラギの腕を優しくはずさせるととミラーナ、唐田、インの三人が言いあう中へ歩み寄った。
「ミラーナさん」
「あ?」
「いくつか確認させてください。まず、ここに連れてきたのは私たちにミーシャさんの身に起きた悲劇を知ってもらいたかったから、ですよね」
ミラーナは黙っている。
「そして分け身の一人。リーアがまた黒い力で世界を染めるのを止めたいと思っている」
ミラーナは音川の目を見ると、短く息を吐きだした。
「まぁな」
「そしてミーシャさんは、わたしの知る宮之守絵里子。その人ですよね」
「そうなるな」
唐田はミラーナの返事を聞くと丸めた頭を両手で後ろの撫でつけながら言った。
「薄々そうではないかと思っていたが……。いや、どうにもにわかに信じられないが、信じるしかないのだろうな」
「一つ言っておくがどうして違う名前を名乗っているかまでは知らないからな。あたいが知っているのはおまえの記憶と、虫を通して見たものだけだ。リーアの元を離れるまでの間についてだけなんだからね」
音川は片手を自分の腰にまわしながら、凛と立って質問した。
「ミラーナさんも地球へ行く方法は知らない。あってますか?」
「さっきも言っただろ」
「ではナハタを助ける方法は?」
「それなら簡単。リーアを殺す。支配から解き放ってやればいい。分かりやすいだろ」
「無責任な」
インはミラーナに対し呆れた様子を隠すそうともしないで言った。
「リーアは分け身なんでしょう? 簡単にできるなどと軽々しく言わないでもらいたい」
「その分け身の一人がいってんだけど?」
「ミラーナさん」
音川は右手をミラーナの前に差し出し、ミラーナはその手を怪訝な顔で見た。
「手が、何だって?」
「握手です。地球では同盟。友好の証として互いの手を握るんです」
「だから、それが何だっていうのさ」
「私、ずっと考えていたんです。ミラーナさんがどうして昔のことを話してくれるのかなって。どうしてこの館まで連れてきてくれたのかって。それで思ったんです。ミーシャさんを知ってもらいたかったんじゃないかって」
ミラーナは黙り、音川の赤い目を見ていた。肯定も否定もせず、長い尻尾で音川の手を払いのけた。
「私はリーアを止めたい。もしかするともう地球では皆が戦っているかもしれない。早く戻らないと。だから、力を貸してください」
「ふん。あたいが断ったら?」
「断りませんよ。だってこうしていますから。私の記憶を覗いたとき助けに行かなきゃって思ったんですよね。ミーシャさんのこと。宮之守絵里子のことを」
「……自分の考えを口に出されると、こうもムカつくものだなんて知らなかったね」
「わかりますよ。同じ顔ですし、気づかせるために色々見せてくれたんですから」
ミラーナはワザとらしく鼻を鳴らし、傍の机に腰を掛けた。所在なさげな手が角に吊るされた飾りに伸び、弾いてシャランと音を鳴らした。音川は向かいの机に腰を掛けた。
「原初の魔法への拒絶から生まれ、今もまだ自分のことをミーシャさんが拒絶していると思っているんじゃないですか? そしてここまで色々話したのは自分の気持ちを整理したかったから」
ミラーナは目を厳めしく細めて音川を睨む。
「おまえにわかるものか。拒絶されることがどんなものか。負の存在として生まれた者の気持ちが」
「私には、確かにわかりません。でも室長のことならわかります。私はあの人のもとで働いてきたんですから。走るばかりの私を受け入れてくれました。今のミーシャさん。いえ、宮之守室長はきっとあなたを受け入れます。私は信じてます」
ミラーナは舌打ちした。力のないと思っていた娘に見透かされていたことに苛正しさを覚えた。しかしミーシャが、宮之守が入れ込む理由もまた理解した。この音川という女には進み続けるという意志があるからだ。
ミラーナは観念した。
「……わかった」
「良かった!」
「ああでも、報酬をよこしな。あたいに友人はいらない。そして同盟もなく。あくまでの仕事仲間。特別に後払いでいい。それでいいなら」
音川が再び差し出した手をミラーナは力強く握った。