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第90話 人の形

 音川はミラーナの言葉を思い出す。人は魔法を使う形をしている。きっと、ミーシャさんの放った黒い力は太古にも地球に届いていたんだ。


 時空の裂け目は時を超える。ナハタと会えたのも、ナハタが不死の誕生に関わっていたのも、時間を超えたから。なら、私にだって魔法が使えるはず。探すんだ。私なりのやり方で。根拠なんてものはないけど。でも、そうだって信じる。私は私を信じる。

 ナハタ、絶対にあなたを連れ戻す。室長のいる世界に戻る。だからエリナさん。どこにいるの? 応えて。私たちはここにいる。


 音川は全ての感覚に意識を向けた。指と指の間を何かがすり抜け、足の裏を何かが押すような感覚を楽しんだ。力を感じる。体の周りが何かに包まれている。暖かく、心地よく、とても薄い膜のようなものを感じた。耳は音を捉える。低く、空気を震わすような音と清らかな鈴の音。音の形のない息遣い。


『そうだ。それでいい』

 ミラーナの声もどこか楽しげであった。

『そのまま探し続けろ』


 光が見えた。ひときわ輝く銀の光だ。光は人の形をしており、膝を抱いて小さく丸まっている。音川は近づいて、そっと触れる。


「エリナさん。私たちはここにいます!」

 光が音川の手を掴んだ。銀の光を放つ人は長い髪をなびかせ、目を開く。その瞳は深く黒い色から輝きを絶えず変化する虹色の瞳へと変わっていった。






「見つけた」

 エリナが抑揚のない落ち着いた声で言った。

「何を!?」

 佐藤がリーアの細剣を弾きながら叫んだ。


「黒き竜の娘、ミラーナ。アフェリパの民。我、魂の欠片。分け身。記憶。座標。捉えた」

「おい、どうした!」


 佐藤の首の僅か先でリーアの細剣から繰り出される連撃が掠め、肌を斬り付けた。

「お話ししている場合かしら?」

「クソが! なんだってんだクソ女神が!」


 佐藤の悪態など気にも留めず、エリナは宮之守から手を離し、佐藤の方へ振り返った。

「我はしばし意識を手放す」

「はぁ!?」

「我の体の防衛。頼んだぞ」


 剣と細剣がぶつかりガギンと音が鳴り火花が散り、聖剣はびりびり震えて悲鳴を上げた。リーアの赤熱した細剣は見た目よりも重い。これほどの細さにいったいどれほどの魔力が込められているのか佐藤は想像するだけで心が振るえた。武者震いだ。強敵を前に心が打ち震えている。同時に別の感情が押し寄せる。


「だぁもう。めんどくせえんだよなぁ! くそったれがぁ!」

 佐藤は叫んだ。やることが多い。戦い。守り。強者を倒す。宮之守を助ける。とにかく多い。


「宮之守もクソ女神も! 自分のやりたいことで他人を振り回しやがって。残業だの手続きだの! 菓子が食いてぇだのであちこち連れ回しやがって! あげく安全装置だぁ? 嘘ついてた? ふざけんのもたいがいにしろ!」


 リーアが距離をとった。今は戦闘中である。にもかかわらず目の前の戦士は意味の分からない、あまりに突飛な発言を繰り返している。


 リーアは戸惑い。何かの策かと訝しみ、怪訝な顔で様子を伺い、呟くように言った。

「……狂ったの?」

「こちとら、まだ、狂っちゃいねぇ!」


 佐藤はリーアを見て、次いで吠えながら宮之守を指さした。

「宮之守が俺の死因だぁ? 知るか! 一度、世界を滅ぼしただと? ふざけんじゃねぇ! それほどの罪だと思うなら自ら死んで償おうと考えるな! 甘ったれてんじゃねぇぞ! 背負って見せろ! 何年生きてたか知らねぇがなここまでやってきて潰れるような奴かおまえは? いいや、違うね!」


 リーアは溜息を吐き、細剣を構えなおした。

「やっぱり狂ってるじゃない。時間の無駄ね」


 リーアの姿が霧散して佐藤の前より消え、無防備な背後に姿を表した。今なら容易く佐藤を仕留められる。服に穴を開け、骨と骨の間。筋肉を超えた先にある心臓を貫く。それで終いだ。


 だが佐藤は素早く振り返り、細剣の鋭い突きが体に到達するよりも前に聖剣で受け止めた。

「おまえの中にある力はより良いものを作れる! 滅ぼした分だけ、作れるだけの力がある。自分の力を恐れるのはいい。だが向き合い方がなぁ! 俺に言わせれば! 間違ってんだよ!」


 リーアが佐藤の言葉に顔を不快感に歪ませ、細剣をさらに押し込む。佐藤の体は後ろへとずるずると押されていく。


「あなたの思う、より良い世界などに興味はない。知らないなら、受け入れないなら。やはりおまえはいらない。古い世界に残し、他の者たちもろとも滅ぼす!」

「俺だっててめぇの世界なんざ知らねぇ! 世界ってのはそんな狭いもんじゃねぇだろうが!」

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