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第九章

第91話 銀の光

 音川の手を銀の眩い光に包まれた存在が握り返す。周りでは銀の光の粒子が舞い、包み込んでいく。暖かく心地よい光の粒子は音川の魂に引き寄せられ溶けていった。

 光の粒子は魂の傷を癒しの力であり、崩れかけひび割れていた輪郭が確かなものへと修復されていった。


「無茶をするものだ。おまえも」

 淡々とした口調ながらも、銀の存在は優しく語りかける。銀の存在の力の一部が発揮されていることを音川は感覚で理解した。


 銀の眩い輝きが、おぼろげであった輪郭が見慣れた顔と体に定まっていった。粒子は銀髪の少女の姿を形作り、ゆっくりと開かれた双眸が音川をとらえた。


「だが、おかけでこうしてもう一つの魂を取り戻せた」

 女神エリナは頭上の遥かかなたの巨大な手を見上げた。

「音川を守ったのは おまえだな」


『ハハっ! 手が痺れてきてたからそろそろ見捨てようかと思ってたよ』


 ミラーナは豪快な笑い声が精神世界に響く。姿の見えずとも大口を開けているさまが音川の目にありありと浮かび上がるほどだ。


 エリナは再び音川に顔を向けた。

「おまえたちの状況は理解した。分かたれた体と、おまえの魂を通じて理解した」

「私たち早く帰らないと」


「分かっている。地球の方はまずい状況になりつつあるからな」

 エリナの触れた手より音川の中へ記憶が一瞬にして流れ込んだ。


「これって」

「そうだ。リーアがミーシャの……いや、宮之守の力を解放させようとしている。そうなれば黒い力が地球を覆うことになる。かつて異世界を滅ぼしたように」


 エリナの目の前に銀に輝く楕円の穴が開いた。音川は魂がゆっくりと吸い寄せられていった。これは出口だ。エリナが音川の魂を元の体の中に戻すために開かれた扉であった。音川の頭上の巨大なミラーナの手も薄くなり、色を失い始めていた。


「我の分かたれていた魂は今一つとなった。だが不完全でもある」

『地球とこっちの肉体を一つにしないとってことか。そうだな』

「話が早いな竜の娘。手を貸せ」


 ミラーナは深い溜息をつき、気だるげに返事をした。

『はぁ。まぁ、いいだろう。そのつもりでもあるし』

「ありがとう。ミラーナさん」

『ふん』

 音川は光に飲み込まれながらミラーラの角飾りが楽し気に揺れる音を聞いた。





 黒煙の中から佐藤が飛び出した。佐藤の頬を破片が掠め、血が垂れる。佐藤はエリナを背負って走っていた。激しい動きに合わせてエリナの細い腕と腰の聖剣が揺れ、外れかけたアームプレートが不規則に揺さぶられた。


「うざってぇ」

 佐藤はアームプレートの千切れかけたサポートを噛みちぎって投げ捨てた。片腕はエリナを背負うためにふさがっている。


 二人のすぐ傍で鋭い音がし、地面に赤熱した矢が突き刺さる。僅かに遅れて弦のしなる音がし、矢は小爆発を起こして火と土をまき散らした。佐藤は目を細めて顔をそむける。そしてちらりと背後を振り返った。直後、風を切る鋭い音と共に真横を赤熱した矢が掠めた。


 リーアは土中より太い蔦を呼び出して上に立ち、佐藤を狙う。リーアの周りには赤熱した矢が宙に浮かんで配置され、凝縮された熱を帯び、溶けた火をこぼし地面を焼く。


「どうしたの? 目的は私たちではなくて? そこにいたら剣は届かないわ」

 無数の赤熱した矢や浮遊し、細かく震え、回転している。その様は獲物へと飛び掛からんとする猟犬のようだ。


 リーアは一瞬背後にいる宮之守へ意識を向けた。黒い糸に絡めとらた宮之守の目は虚ろであった。

 宮之守はリーアとの戦いで自分を見失い、おぼろげな意識を緩やかで心地よい浅い夢の中をまどろむように、儀式場に満ちてうねる魔力の見ていた。


 宮之守が指を動かすと風が唸り声をあげて煙を絡めとる。火は立ち上がって渦を巻き、熱い火花をまき散らす。魔力によって引き起こされた酔いはまるでアルコールのもたらす甘美な揺らめきで、血管を駆け巡っては紅潮した肌を優しく撫でまわす。


「力を使うのって楽しいわよね」

 リーアは佐藤に矢を射ながら宮之守が魔力に浸る様子を楽しんでいた。


 もう少しだ。ミーシャが引き金を引くときは近い。リーアは口を緩ませ、佐藤に矢を続けざまに放つ。射られた矢は佐藤の足元のすぐそばに突き刺さり、爆炎が空を照らす。


「うるっせぇ!」

 また矢が射られ、佐藤の手前に刺さって小爆発を起こした。


 リーアは移動する必要がない。エリナはこの場で唯一、宮之守の魔力に干渉し、意識をハッキリと呼び戻すことができるが、牽制し接近させなければどうとでもなる。


「俺を殺すんだろう! 遠くから撃ってねぇでかかってきやがれ!」

「嫌よ」

 リーアは二人を仕留める必要はない。宮之守が黒い力を発動するまでの時間稼ぎが出来ればいい。


「なんだかつまらないわね。そう思わない? ミーシャ」

 宮之守は返事をしなかった。思うままに炎で花を作り出し、花弁が開くさまを眺めていた。

「ふふ、そうよね。そっちの方が面白いものね」


 佐藤は矢を避けながら車の影に隠れた。エリナをここに降ろすべきか。いや、だめだ。

 一瞬の迷いを嘲笑うかのようなリーアの狙いすました一撃が車の窓ガラスを突き破り、佐藤の隠れるドアを貫通し、アスファルトを砕いた。


 佐藤はさらに別の車の陰に移動しながらエリナのひたいを指で弾いた。

「起きろ! クソ女神! おまえが制御してくれなきゃ宮之守を助けるもくそもねぇだろうが」


 エリナは起きない。

「こんなときに何考えてやがるんだクソ女神が」


 矢が車体を貫く音が聞こえ、佐藤は漏れ出る可燃物のいやなにおいを嗅ぎ取った。

「やっべ……」

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