『佐藤さん。作戦を考えたんすけど、いいすか?』
「言ってみろ」
佐藤はリーアに向かって走っていた。
儀式場の中央にリーアは陣取り、封鎖部隊はその西と南側の車道から射撃を行っていた。佐藤はリーアの首に刃を通すために足に力を込めた。だが間合いはまだ遠い。赤熱した矢が雨のように降り注ぎ佐藤の行く手を阻む。
佐藤は体をひねって矢を避け剣で弾きながら、直前に交わした小松との会話を反芻していた。
“あいつは今までの奴の比じゃない強さっす”
佐藤の左後方、街路樹と車の陰から隊員たちがショットガンを構え、一斉に放つ。スラグ弾の衝撃はリーアの体を大きく揺さぶる。リーアは踏みとどまりながらも赤熱した矢を複数本放った。
街路樹に突き刺さった矢は小爆発を起こし、爆炎が隊員たちを飲み込んだ。佐藤は振り返らず、向かってくる矢のすべてを聖剣で叩き落とし、すぐ後ろで炎が爆ぜた。
“しばらく観察して思ったんすけど。魔法のこもっていない武器には対応できてないんじゃないかって。”
佐藤はハンドガンを構えた。隊員から受け取ったハンドガンだ。走りながらの射撃はぶれて外れた。また命中軌道を描いた弾丸はリーアの細剣によってことごとく打ち落とされた。
「そんなもの意味がないのに」
リーアの怒気をはらんだ声は、それでいて氷のように冷たい。
リーアの頭が大きく背後にのけぞる。長距離からの狙撃が頭に命中したのだ。リーアは倒れず踏みとどまり、矢を作り出した。佐藤のハンドガンを赤熱した矢が貫く。佐藤はハンドガンを投げ捨てた。
“これは予測っすけど。リーアは魔力のこもっていない攻撃はどこからくるか分からないんじゃないかと。だから今は撃たれるまま何もできてない。”
突き刺さった矢はハンドガンもろとも空中で爆発し、黒煙と炎が佐藤を包み込んだ。
“といっても、リーアはすぐに慣れてしまうはずっす。そうなるまえに決着をつけないと。”
佐藤は煙を切り裂いて飛び出す。リーアとの距離、あと五十メートル。足が何かに引っ掛かり、佐藤はつんのめって転倒した。片足に縄のような何かが絡みつき、ぎちぎちと締め上げる。リーアの作り出した触手は土中に潜んで佐藤が通りかかるのを息を潜めて待っていた。
「罠か!」
佐藤が剣を降り切断するよりも早く触手は鎌首をもたげて佐藤を吊り上げる。
「あなたを握り潰すわ」
触手が佐藤の首と胴に絡みつき、細い棘が肌に食い込む。
『射撃班! 援護射撃!』
小松の合図から少しのも間も置かず、無数のスラグ弾が触手に打ち込まれた。触手は瞬く間に穴だらけとなって不気味にのたうって砕け、白い樹液を飛散させた。続けてリーアに狙撃手からの攻撃が届く、着弾した大口径弾がリーアの姿勢を崩し、遅れて耳に届く射撃音はリーアは心を乱した。
「感謝するぜ」
佐藤は華麗な受け身から走り出しながら、機会をうかがっている。
“慣れてきたらこの手はたぶんダメだと思うんすよ。つまり一回限りっす。現状の装備的にもこれが限度っすね。”
佐藤の左右から、地面を抉るほどの抵抗飛行で四機の自爆ドローンがリーアに迫る。
「そんなもので私が!」
リーアは一本の赤熱した矢で四機のドローンを撃ち落とした。
ドローンは炎でなく白い煙を吐き出しながら墜落し、リーアの視界をふさいだ。
「煙……!」
『かかった! 今っすよ!』
突如として暗闇から六つの目が光り、夜を切り裂いてリーアを睨みつける。装甲バスのライトに光が灯った。一斉に唸りを上げて震えるエンジンは獣の吠える声だ。エンジンはガソリンを燃やしタイヤに火をつけるほどの勢いで回転させ、白煙を後ろへ蹴り上げる。
巨大な鉄の猛獣が、三台の装甲バスが走り出した。それぞれの運転席に座る三人の隊員たちは猛獣を従える騎手のようにハンドルを握る。
「正気? 後ろにいるミーシャはあなたたちの上官ではなかったの?」
リーアが細剣を構える。
「いいわ、受け止めてあげる」
一歩も退くつもりもない。相手が巨大な鉄の獣であっても、魔力のないただの機械を恐れる程の脅威はリーアにとって何一つない。正面から受け止め挫くため細剣を構える。
煙を蹴散らし、装甲バスが土を巻き上げながらリーアに突撃する。
「無駄なことを!」
リーアは運転手を矢で射貫く。熱が車内に行き渡って燃え上がり、装甲バスは制御を失いながらもリーアへと向かう。リーアは眉一つ動かさず細剣を数度振り下ろし、パンを切り分けるかのごとくバスを切断した。
二台目の装甲バスにリーアは狙いを定めた。運転手は直前に窓から飛び降りたが、バスはスピードを緩めることなる突き進む。リーアは無数の触手を呼び出してタイヤを絡めとり、タイヤが悔し気に空転した。
『射撃班、撃て!』
小松が叫ぶ。狙撃手がリーアの頭に狙いを定め、重い引き金を引く。
「そろそろだと思った」
隊員たちは目を見開いた。
弾丸とは本来まっすぐ飛ぶものであって、止まる時は何か衝突する時だ。隊員たちの手によって放たれた無数の弾丸のすべてが彼らの意思を裏切って、まるで進むことを放棄したかのように動きを止めていく。不可視の壁が弾丸を受け止めていた。弾丸はゆっくりと海中を浮遊するゴミのように漂っていた。