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第96話 刃の一撃

「お返しするわね」

 リーアの指がくるりと宙に円を描いた。すると漂うだけであった弾丸が魔力によって力を吹き込まれ、ゆっくりと先端をリーアからそむけ、向きを変えた。

「バン!」


 弾丸が音もなく発射された。隊員たちが撃たれた。何人もが一斉に倒れた。

「あっけない」


 一際大きく銃声が響いた。リーアは首を傾げながら音のする方へ体を向ける。二発の大口径弾が空中にとどまっていた。

 リーアはおもむろに指で押し返すと、止まっていた弾丸はまた動き出した。自らを発射した射手の方へと。


 大口径弾を撃ち返し、二つの血煙が遠くの建設中ビルの屋上より吹きあがるのをリーアは見届けた。


「あの男は……」

 リーアは佐藤の姿を探した。どこにもいない。


 佐藤の姿を探すリーアの注意が別のものに引き寄せられた。最後の装甲バスがリーアに捨て身の突進を仕掛けてきた。


「同じような手は」

 リーアが細剣を振るおうとしたとき、彼女は向けられた殺気の込められた魔力を感じ取り、視線を向けるでもなく聖剣を弾く。


「ずっと隠れて何を……」

 だが弾かれたのは聖剣でなく、本来聖剣をおさめるべき鞘であった。

「鞘を、投げて……」

 投擲してきた佐藤の姿はない。一瞬の気の揺れがリーアに装甲バスへ対応する時間を遅らせた。


 装甲バスがリーアに衝突する。直前に運転手は後ろから脱出していた。車体の全面はくの字に折れてひしゃげ、後輪が浮き上がる。この衝撃を受けてもリーアは立っていた。衝撃を受け流す不可視の防壁は装甲バスに服に触れることすら許さなかった。


 リーアは剣を振り上げ装甲バスを縦に両断した。断面は熱せられて赤々と燃えて左右に切り裂かれる。バスが内側より光り輝き出した。


 それは聖剣の輝き。白くまばゆい光は闇夜を照らして消し去るほどの光量を持ち、あたり一面を染め上げた。佐藤の魔力と殺気のこもった剣筋を聖剣の光が隠し、リーアの目をくらませる。


“あいつは魔力感知して戦っているとするなら、佐藤さんの剣筋は通らないかも知れないっす。攪乱と、魔力を直前まで抑えて近づければ首に通るチャンスはきっと開かれる。っすよ。”


“俺が失敗したら?”


“失敗するはずないじゃないっすか。だって勇者なんですから。”


「私にはそれでも届かない!」

 リーアは佐藤の聖剣を受け止め、右手の細剣を軽く振るって絡めさせて弾いた。聖剣が佐藤の手から離れる。


「軽い」

 ……軽い? なぜ?


 聖剣を弾く手ごたえはあまりにも軽いものだった。最初から弾かれ、手から離れることを前提としてたかのようだ。リーアは違和感を覚えた。佐藤はこんなにも易々と剣から手を離すような男ではない。


「おまえを倒すのは俺じゃない!」

 聖剣の光が薄れ、佐藤の姿がはっきりと現れた。手に聖剣とは別の武器が握られていることにリーアは遅れて気が付く。聖剣の半分にも満たない刃がそこにあった。


 異世界生物侵入対策室特別製タングステン鋼戦闘ナイフ。刀身には魔力を取り込む文様が描かれて、小松とエリナが協力して開発したものであったが、聖剣に込められた魔力と比べてしまえば小さな力であった。


 リーアはこのナイフの存在を感知していた。だが意識の外側にあった。取るに足らないものであると考えていた。打ち込まれる弾丸も、突進をかける装甲バスともなんら変らないものであった。


 リーアの首を落とす。ただの一度きりの、一回限りのために全員が動いた。聖剣の光、聖剣に込められた魔力が一振りのナイフの存在を覆い隠し、佐藤がリーアに至るまでの様々な攪乱がそれを補った。リーアを止め、宮之守を呼び戻すために。一撃を打ち込むため。佐藤は最後に聖剣すらも囮に使った。


 佐藤の意思が魔力を通してナイフに行き渡る。とたんにナイフは力を増してリーアの意識の中に強く存在感を誇示する。リーアは左手に赤黒い短剣を作り出す。リーアの首にナイフの肉厚の刃が滑り込み、赤黒い短剣が佐藤の腹に突き刺さる。


「分け身なら! もっと宮之守のことを見やがれ!」

 腹に深々と突きたてられる痛みを押しのけ、佐藤はナイフを振り抜く。


 リーアの目は刃が通り抜ける様子を捉え、胴体より切り離されていく様子を捉えた。魔力で構成された体の制御権が失われていき、力が抜ける感覚はどこか心地よい。人の形は魔法を使うための形をしている。逆もまたしかり。人の形を失えば魔力だけのリーアに待っているのは死だ。


 リーアの頭が地面を転がった。体が黒い粒子となって崩れて始め、緩やかに遠のく意識の中で、リーアは温かさを感じた。ずいぶんと昔に離れてしまった温もりを感じた。


「ああ、ミーシャ。あなたの元に戻るわ」

 黒い粒子状の魔力が宮之守へと吸い込まれていく。

「……さようなら」


 佐藤は腹を抑え、その場に座り込んだ。傷口をふさいでいたリーアの短剣が霧散して、血が流れだす。痛みに呻きながら佐藤は、リーアが最後に目を細めて満足げに笑うのを見た。


「ふ、ふふ……。みんな、みんな。くたばるといいわ……」

 リーアの目から光が消え、最後は微細な粒子となって破裂した。

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