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第57話 大蜘蛛捕獲戦(後)



 シャルのデウスマキナ――【シャトー】は、その見た目通り重量級のデウスマキナであり、その速度は一般に流通しているデウスマキナと比べても遅い部類に入る。

 その分パワーはあり、他にも有用な機能を多数取り揃えているのだが、俺も未だその全てを把握しているワケではない。

 だから、シャルが一体どうやってあの大蜘蛛を捕獲する気なのかはわからないのだが、それでもできないなどとは微塵も思わない。



『ナイスよマリウス! 私も、捉えた・・・!』



 シャルのレーダーでは大蜘蛛を捉えることができないが、ある程度の位置さえわかれば別の方法で捕捉することは可能になる。

 その方法とは、言ってしまえば俺の上位互換のようなやり方だ。

 複数のカメラでその姿を捉え、捉えたあとは動きを予測して補足し続ける――ただそれだけなのだが、その規模と精密さは俺の倍以上である。


 まずカメラの台数だが、【シャトー】に搭載されたカメラドローンは、全て展開すると最大で20台になるらしい。

 カメラは【シャトー】本体のカメラと合わせれば計30台以上あるため、最低でも台数分の映像情報を取得することが可能だ。

 しかも、カメラドローンによる撮影は上空を含む全方位からとなるため、死角などほぼほぼ無くなると言っていいだろう。

 ……そして、その情報は全てAIが自動で処理するため、パイロットが視認する必要もない。

 俺は封印兵装の恩恵で自身の情報処理能力を引き上げて視認しているが、そもそも機械に頼ればそんな必要だってないのだ。


 昨今は科学技術の発達により、様々な技能を機械により補うことができるようになっている。

 昔は一流の技術者でなければできなかったことや、複雑で覚えるのが難しかったことも、今はAIなどが勝手にやってくれるため非常に便利な世の中になったと言えるだろう。

 ……まあ技術者の一人としては、正直複雑な気持ちがあるのも否めないが。



『にしても、マジで速いわね!?』



 大蜘蛛は不利を悟ったのか、先程とは打って変わって逃げる気満々の様子だ。

 シャルはそれを見越して大蜘蛛の後ろに回り込んでいるが、機動力に差があるため横の動きだけで簡単に振り切られてしまう。

 ――しかし、当然シャルもそれは織り込み済みだ。


 木々の隙間を抜けようとした大蜘蛛が、何かに引っかかって動きを止める。

 拡大して見ると、あちこちに何やらワイヤーのようなものがに張り巡らされているようであった。



『フフン♪ 蜘蛛を網で捕らえるってのも、中々シャレが利いてるでしょ?』


「網か。もしや、そのワイヤーは――」


『気付いた? これは『サンドストームマウンテン』で使用したのと同じものよ!』



 俺とシャルは、以前『サンドストームマウンテン』で行われたルーキーズカップにて、デウスマキナでロッククライミングをするという馬鹿げた行為に臨んでいる。

 その際に、機体を支えるため使用したのがあのワイヤーだ。



「流石、用意周到だな」


『正直、結構面倒だったけどね! 今度からはマリウスにも頼むわ!』



 ワイヤー自体が特注なこともあり、あの網も恐らく自分で作成したのだと思われる。

 あのサイズの網をワイヤーで自作するのは、間違いなく重労働だったハズだ。

 その努力と準備の良さには、正直頭が下がる。

 もし次の機会があれば、喜んで協力をさせてもらおう。



『網としてしっかり機能するのも【シャトー】わたしで検証済みよ! 網って凄いわね!』



 網は人類最古の道具にして、未だ利用されている大いなる発明の一つだ。

 その発想元は蜘蛛だったのかもしれないし、そうじゃないかもしれないが、長い歴史の中で改良が加えられた現代の網は極めて脱出が困難な性質を持っている。

 その有効性は元々の用途である鳥獣や魚の捕獲はもちろんのこと、暴徒の鎮圧など人間相手にも発揮されるため、武器や兵器として見ても優秀と言えるだろう。

 素材によっては刃物での切断も難しく、生身の生物であれば自力での脱出はまず不可能だ。

 ……というか、30トン近い重量の【シャトー】を支えていたあのワイヤーであれば、非武装のデウスマキナくらいなら捕縛できてしまうかもしれない。



『さてさて、早速その姿を拝ませてもら――って嘘でしょ!?』



 音割れするほどの大声が発せられたせいで、一瞬耳がキーンとなる。

 文句を言ってやりたいところだが、俺もシャルと同じくその光景を見ていたため、動揺してそれどころではなかった。


 大蜘蛛は間違いなく網に引っ掛かり、落下して藻掻もがいていたハズだ。

 しかし、シャルが近づこうとした瞬間、何事もなかったかのように網をすり抜けたのである。


 まさか、脚を自切じせつして抜け出したのか?

 蜘蛛もトカゲの尻尾などと同様、危険を感じると自ら足を切断することがあるという。

 それならば抜け出すことも可能かもしれないが――いや、今はそんなことを考えている場合ではない。



「シャル! なんとか時間を稼いでくれ! 俺が仕留める!」



 一足早く動揺から脱した俺は、シャルに声をかけつつ一気に魔導融合炉リアクターを最大出力に引き上げる。

 脚にまとわりつく粘液はまだ洗浄中だが、ここまでくれば強引に引きはがせるだろう。

 機動力が鈍る可能性はあるが、大蜘蛛も脚を自切したのであれば速度は鈍っているハズ。

 あとはシャルが加速するまでの時間さえ稼いでくれれば――



『っ! いいえマリウス、私が仕留めるわ!』


「何!?」



 予想外の返答に思わず裏返った声を上げてしまう。

 既に封印兵装の1番ウーヌスは切っているが、まだその効果が僅かに残っていたのかもしれない。


 しかし、シャルが仕留めるだと?

 一体何をする気だ……?



『まさかこんな状況で使うことになるとは思わなかったけど、【シャトー】の新しい仲間をお披露目してあげるわ! 出なさい! 『fraiseフレーズ』! 『marronマロン』!』



 シャルの声と同時に、【シャトー】の背部から何かが射出される。

 射出されたうちの一つは落下し、直後に凄まじい速度で駆け出す。

 そしてもう一つは、落下することなくそのまま浮き上がり、地を駆けるもう一体を上回る速度で飛び立った。



「っ! ドローンか!」


『ええ! しかも、特別製・・・のね!』



 確かに、あのドローンの速度は市販されているものと比べると明らかに異常だ。

 どんな機能を搭載しているかはわからないが、あの速度であれば大蜘蛛に追いつくのも容易だろう。


 しかし、まさかあんなモノまで用意しているとは……

 俺はシャルならば必ず時間を稼いでくれると信頼していたが、またしてもそれを上回られてしまった。

 ……全く、頼りになる相棒である。





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