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第58話 フクロウ型ドローン『fraise(フレーズ)』



『取り逃がしたわ』


「何ぃ!?」



 嘘偽りなく本心で信頼していたがために思わず声を上げてしまったが、逃がしたからといって別に責めるつもりはない。

 ないのだが、改めて頼りになると思った直後だったので、ややオーバーな反応になってしまった。



『フフン♪ 厳密には意図的に、だけどね!』


「……それは取り逃がしたとは言わないだろう。何故わざわざ回りくどい言い回しをする」


『そんなの、仕方ないと思われるのがしゃくだからに決まってるでしょ?』



 つまり、俺がどんな反応をするか試した――ということか?

 ……いや、シャルの声色から察するに、試すというよりも俺の反応を期待していたようなニュアンスを感じる。

 そしてそれに気づいた途端、じわじわと恥ずかしさがこみ上げてきた。



「……お望みの反応で、満足したか?」


『まあ九割くらいはね!』



 どうやら、完全に期待通りの反応というワケではなかったらしい。



「どう反応すれば満点だったんだ……」


『そうね~、アタシの意図をくみ取ったうえで、流石だと褒めたたえてくれるとか?』



 意図……?

 っ! 成程、そういうことか。



「つまり、泳がせたということだな?」


『そういうこと!』



 シャルが大蜘蛛を捕獲しなかったのは、敢えて泳がせるため。

 しかし、あの大蜘蛛が本当に『マグヌス・オプス』から出てきた巨大生物なのであれば、わざわざ泳がせる必要などない。

 そんな真似をするということは、シャルもあの大蜘蛛の違和感に気付いたのかもしれない。



「……シャルもアレの違和感に気付いたか」


『う~ん、まあ気付いたというか、ねぇ……』


「ん? なんだ、歯切れが悪いな」



 お望みとあらば――と褒めちぎってやろうと思ったが、シャルにしては珍しく勝ち誇った様子がない。

 謙遜をするような性格ではないので、恐らく何か引っかかることがあるのだと思われる。



『実はあの大蜘蛛、最終的に消えたのよ』


「……消えた? それは文字通りにか?」


『ええ。……まあ、私がそれだけ追い込んだってことなんだけどね!』



 消えた、か……

 シャルが言うように本当に大蜘蛛が消えたのであれば、それはもう完全に超常現象である。

 目の錯覚や擬態により「消えたように見える」ということはあり得るが、実際に物や生物が消えるなんてことは通常あり得ない。

 跡形もなく潰れたとか、溶けたとかであっても完全に消えたとは言えないし、仮にそうだったとしたらシャルならもっと具体的に説明をしただろう。


 では錯覚か擬態かというと、その可能性も恐らくはない。

 理由は単純で、たとえ人間の目はあざむけたとしても、カメラを欺くことはできないからだ。


 当たり前だが、カメラに幻覚や錯覚の効果は発生しない。

 擬態であればそれを見る人間の目を騙すことはできるが、機械に解析させれば見破ること自体は容易だ。

 カメラに捉えられないほどの速度で動いたという可能性はあるが、これについてもシャルは先日の時点で対策を取っている。



「転移か、神隠しか……。いずれにしても普通の生物にできる芸当ではない。やはり、神代のデウスマキナなのか?」



 物理法則を無視したような超常現象を引き起こせるとすれば、それは神の御業――神の手により生み出されたデウスマキナしかない。

 一応はドラゴンもそれに該当するが、アレは存在そのものが物理法則を無視しているので別枠と考えていい。



『それなんだけど、ちょっとパンドラに確認して欲しいことがあるの』


『なんでしょうか?』


『ちょっと待ってね。『fraiseフレーズ』!』



 シャルが呼びかけると、大蜘蛛を追っていた飛行タイプのドローンが森の奥から戻ってくる。

 恐らくはフクロウを模したであろうドローンは、その見た目も機動力もまるで本物の鳥のようだ。


 ドローンは【シャトー】の周囲をグルっと回ったあと軌道を変えてこちらに向かって飛んでき、そのままピタッと肩に止まった。

 ……これれほど複雑な軌道で飛べるドローンなど、軍人時代にも見たことがないぞ。



『あの大蜘蛛は、そのフクロウ型のドローン――"フレーズ"が触れる直前で消失したわ。煙みたいに、フワ~ッとね』


「……それは、粒子になって消滅したということか?」


『私の目にはそう見えたわね。……でも、この子の目は誤魔化せないわ』



 シャルがそう言うと同時に、画像データが送られてくる。

 俺が操作するまでもなくパンドラが反応すると、サブ端末に凄まじく鮮明な画像映し出された。



『ふむ……、データによると、フクロウの視力は人間の約100倍なのだそうです。どうやらあのドローン、非常に優秀なカメラを搭載しているようですね』



 優秀な狙撃手をたかの目やわしの目と形容することがあるが、それは生物の中でも鷹や鷲の視力が特に優れているからだ。

 しかし、実際はフクロウの視力もそれに匹敵するレベルであり、さらに夜間視力も優れているため、暗所でも的確に獲物を捉えることができると言われている。

 それをモチーフとしたドローンなのだから、そこはしっかりとこだわっているらしい。


 画像には、シャルがさっき言った通り大蜘蛛が煙のように消える瞬間が映し出されている。

 しかし、よく見ると煙のようなきめ細かさはなく、もっと荒い――粉塵のような粒子が舞っているように見えた。



「この粒子は、まさか――」


『その解析をパンドラに頼みたいのよ。できるんでしょ?』


「それは可能だが、回収してきたのか」


『この子には吸引機能もあるの!』



 まあ、生物を模しているのだから機能としてはあってもおかしくはないが、そこまで万能にする意味はあったのだろうか……

 高機能なのは素晴らしいと思うが、わざわざ一つのドローンに集約しないでもいいのでは――と思ってしまう。


 色々複雑な気持ちはあるが、ドローン――『fraiseフレーズ』がチョンチョンと肩を下り始めたので、マニピュレーターを操作し受け皿になるよう手のひらを上に向ける。

 そして、手元まで近づいた『fraiseフレーズ』はそのまま頭を傾け、口から何か色々を吐き出した。



「おい」


『仕方ないでしょ? 流石に吸い込んだモノを選別する機能は無いわ』


「……」



 俺が言いたいのはそういうことではなく、このどう見ても手にゲロを吐いてる見た目はどうにかならなかったのかと……

 いや、まあリアリティを追求した結果なのであれば、これが正しい絵面なのかもしれない。

 非常に複雑な気分ではあるが……


 口を開くと愚痴が漏れそうだったので、マニュアル操作で『キビシス』を起動する。

 余分なものもまとめて解析されるが、それについては特に問題なく判別可能だ。



『解析が完了しました。この粒子は、間違いなく魔導結晶エーテリウムの加工物です。品質は比べるまでもなく圧倒的な差がありますが、仕組みとしては――まあ、私の固有兵装と似たようなものでしょうね……』



 パンドラが、物凄く嫌そうに解析結果を告げる。

 その感情むき出しな声色にシャルが大爆笑し始めてしまい、それが落ち着くまで俺は手持ち無沙汰ぶさたに待つしかなかった……




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