第83話 楽園(2)
ホープは、最先端のステルス技術を有している。その効力は魔獣だけでなく、魔法少女に対しても有効なはず。
そのはずだったのだが。
この仮面の少女は、いとも容易くそれを見破り。
アンラベルの侵入の妨げとなる。
ホープは飛び去り、他のメンバーは地上へ向かった。
クロバラの役割は、この仮面の少女を食い止めること。
(噂のグランドクロス。まさか、このクラスの魔法少女が、帝国にはゴロゴロといるのか?)
仮面の少女に知っていることは、それほど多くはない。ゆえに、クロバラは彼女の登場に驚くものの。
「あぁ、心配しなくていい。わたし達は、女王直属の親衛隊。仮面を授けられた魔法少女は、わたしを含めて4人だけだ」
「っ」
クロバラの疑問に答えるかのように、仮面の少女は語る。
「しかし驚いた。聞き慣れないノイズ、てっきり魔獣の一種かと思ったが。まさか他所から来た魔法少女とは。どこの国の魔法少女だ? アジアは滅んだと聞いているが」
「……確かに、連合は大打撃を受けたかも知れんが。わたし達のように、生き残っている部隊は存在する」
「なるほど、な。ふむ。先程のステルス機もそうだが。どうやらお前たちは、連合の中でも特殊な立ち位置の部隊のようだな。すでに指揮系統すら存在しないというのに、よく働いている」
「なに、それが魔法少女というものだろう?」
相手は、謎に包まれた仮面の少女。
下手な情報は渡せないと、言葉を選ぶクロバラであったが。
「おや、そうか。軍としての命令ではなく、私情でこの国へやって来たのか。ますます興味深い」
「なに?」
「あぁ、心配はいらない。お前の仲間は、安全に地上へと降下中だ。このまま順当に行けば、帝国への潜入は完了するだろう」
クロバラの言葉の先を行くかのように、仮面の少女は言葉を紡ぐ。
(得体の知れない相手だな。だが、ツバキと同程度の実力者なら、放って置くわけには行かない)
「――ほぅ、ツバキのことを知っているのか?」
「なっ」
全てを、見透かされたかのように。クロバラは衝撃を受ける。
「まさかお前、他人の心が読めるのか?」
「さて、どうだろうな。得体の知れない魔法少女というのは、恐ろしいものだろう?」
仮面越しながら。その少女は、笑っているようだった。
「自己紹介がまだだったな。わたしは、デルタ。女王陛下直属の精鋭、グランドクロスの1人だ」
「わたしは、クロバラ。アジア連合の特殊試験部隊、アンラベルの隊長だ」
「これはこれは、隊長どの。お会いできて光栄だ」
風に包まれた上空の世界で、デルタは優雅に頭を下げる。
その振る舞いは、まるで余裕を表しているかのようだった。
「おっと、仮面を付けたままでは失礼だったな」
そう言って、デルタは仮面を外し。クロバラと素顔で対面する。
「……」
「ふむ、あまり反応がないな。わたしの顔を見て、綺麗だとか、可愛い系だとか、なにか感想があると思ったが」
「すまない。こういう状況だからな、あまり気が回らなかった」
「ふふっ。正直者は嫌いじゃないぞ?」
仮面は手に持ったまま。
デルタは、クロバラと顔を合わせる。
「クロバラと言ったか? お前が今、何を心配しているのかは知っている。地上に降りていった、5人の仲間の安否が気になっているんだろう?」
「なるほど。とっくにご存知のようだな」
「まぁな。わたしは耳が良いんだ。遠く離れた場所、布の擦れる音まで聞こえてくる。そしてこれだけ近い距離ならば、心の声まで聞こえてしまう」
「……興味深いな。わたしも、かなり多くの魔法少女を知っているつもりだが。お前のような力を持つ存在は初めて見る」
「そうだろうな。帝国でも、わたしは特別だ。ゆえに、こうして夜の警備をたった1人で任されている。この国に異物が紛れ込めば、すぐに分かるからな」
「まさか。たった1人で、イギリス本土をカバーしているのか?」
「その通り。この仮面は、女王陛下の特殊な魔法が宿っていてな。端的に言うなら、パワーアップアイテムのようなもの。その状態なら、本土全体のカバーすらも可能というわけだ」
どんな音も聞き漏らさない、強力な魔法少女。それが本土全域をカバーしているのなら、確かに凄まじい索敵能力である。
ホープのステルス機能は、姿形こそ消すことは出来ても、流石に機体の駆動音までは消すことは出来ない。つまり、デルタにとっては、普通の航空機と変わらない感覚で見つけたのだろう。
(完全に誤算だった。こんな魔法少女まで存在しているのなら、ほとんど鉄壁に等しい)
「ふむ。わたしを評価してくれるのは嬉しいが。正直、お前たちは運が悪かったと言えるな」
「なに?」
「わたしが防衛を担当するのは、週末の2日間のみ。それ以外は、普通に正規軍が防衛にあたっている。正規軍が相手なら、お前たちはきっと、悟られることなく密入国できただろうに」
「なるほど、な」
グランドクロス、デルタによる防衛任務は、週末だけの特別出勤。
そこに突っ込んでしまったのだから、確かに運が悪いと言わざるを得ない。
(ツバキと同程度の魔法少女。いや、仮面を外している今なら、そこまで強くない?)
冷静に、相手を分析するクロバラであったが。
「いや、わたしもバカだな。お前相手に、思考を巡らせるのは意味がない」
「その通り。あと、仮面を外しているとは言え、わたし達グランドクロスの実力は本物だ」
この距離で対面している以上、思考は筒抜けであった。
「それとさっき、わたし1人で防衛を行っていると言ったが、あくまでも索敵に関してだけだ。わたしが軍へ一報を入れれば、すぐに動き出して、お前の仲間を探しに動くぞ?」
「くっ」
すでに、八方塞がりの状況。
デルタに捕捉された時点で、アンラベルの侵入作戦は破綻していた。
「一応、帝国の兵士として聞いておこう。お前たちはなぜ、何の目的で、この国へとやって来た?」
「……人を、探すためだ」
クロバラとデルタ。
双方の視線が、交差する。
「ふむ。混じり気のない、純粋な信念を感じるな。そういうのは嫌いじゃない」
「そうか」
「探し人は、科学者。プリシラというのか?」
「ああ。戦時中から活動していた、かなり有名な科学者だ。アジアでは痕跡が見つからなかった上に、帝国にはツバキもいる。だから、捜索にやって来だんだが」
「……悪いが、わたしはそのプリシラという科学者に心当たりがない。知っていたら、教えてやってもよかったんだが」
同じ女王直属の魔法少女として、ツバキの存在は知っている。
しかしデルタは、それ以外の情報を有していない。
(不味いな。完全に向こうのペースに飲まれている。だがしかし、どうすれば)
会話は成立しているものの、あくまでもデルタの手のひらの上。
相手は、ただ仕事を全うしている魔法少女。
むやみに傷つけるのは、クロバラの道理に反していた。
「面白い。わたし達の実力を認識しながら、どうにか出来ると思っているのか?」
「そうだな。魔法少女も、所詮は人間だ。完璧な者など存在しない。お前は人の心を読めるらしいが。わたしからしてみれば、他の魔法少女と何も変わらない」
どれだけ強くても、どれだけ特別でも、魔法少女であることに変わりはない。
そしてクロバラにとって、魔法少女は例外なく、守るべき存在なのだから。
「……なるほど、な」
クロバラの言葉、そして心の声を聞いて。
デルタは、少々考えるような表情に。
何を思っているのか。当然、クロバラには分からない。
「面白い。不思議な人間だな、お前は」
「なに?」
「わたしとしては、それなりに脅しをかけていたつもりだったんだが。お前はとても冷静で、仲間の安全という考えが常に張り付いている。……挙句の果てに、わたしを、他と変わらないなどと」
どうやら、デルタの中で考えがまとまったのか。
警戒を解くかのように、魔力を完全に引っ込める。
「仕方がない。今回限りだぞ?」
「どういう意味だ?」
「まったく、察しの悪い奴だな。わたしは何も見なかった、そういうふうにしてやると言っているんだ」
それはつまり、クロバラを、アンラベルを見逃すということ。
「女王暗殺を企むスパイとか、そういう輩なら抹殺対象だが。まぁ、お前たちは通しても問題ないだろう。むしろ、面白いものが見れそうだ」
帝国の守護者として、それでいいのだろうか。だがしかし、デルタはそう決定した。
「すまない。とはいえありがとう、デルタ。帝国の不利益にならないよう、わたし達も静かに行動するさ」
「ふふっ。どれだけ静かに動こうと、わたしの耳から逃れることは不可能だ。せいぜい、この国を楽しむがいい」
「ああ。ではまた、どこかで会おう」
そう言って、クロバラは仲間の後を追うように、地上へと飛翔していく。
その様子を、デルタはただ、じーっと眺めていた。
「ようこそ、楽園へ。ここは最も豊かで、最も歪んだ場所だぞ?」
彼女は何も見なかった。何も、問題は起こらなかった。
そう判断して、再び仮面をつけると。
デルタは、遠い空へと消えていった。