第82話 楽園(1)
北米から遠く離れた地。人類最後のフロンティア。
イギリス帝国、グレートブリテン島と呼ばれる場所。
その中心、女王の宮殿に、4人の魔法少女が集められていた。
その4人、ただの魔法少女ではない。全員、十字の紋様が刻まれた仮面を身につけており、ただならぬ雰囲気を身に纏っていた。
異なる色を持つ、4人の魔法少女。
その中には、モントリオールを焼き尽くした、あの赤髪の少女の姿もあった。
4人は跪き、ヴェールの奥にて座する女王へと敬意を表する。
女王は玉座より動かず、顔を一切見せることもなく。
その代わりとして、黒を身にまとう1人の魔法少女が、4人との会話を行う。
「ご苦労でした、グランドクロスの精鋭たち。あなた達の活躍のお陰で、この国は、この星で唯一、文明を維持する土地となっています」
黒を纏う少女。彼女の言葉は、女王の言葉と同義なのか。
4人は静かに、その言葉に耳を傾ける。
「日本は沈み、アジアの大半は焼け落ち。対して、この偉大なるブリテン島は無傷。我々だけが、次のステージへ進む権利を有しているのです」
仮面たちは沈黙を。
女王の姿はヴェールに包まれ、ただ黒の少女の声だけが響き渡る。
「ようやく、時が来ました。この星の支配者、頂点を決める戦いです。もはや人と魔獣の戦争などではない。我々、魔法少女が霊長の王となり、この星を統べるのです」
彼女たちは魔法少女。
そして、自らを人の枠組みには収めない。
「――滅ぼし、創りなさい。魔法少女の世界を」
これが、女王の意思。あるいは、帝国の意思。
4人の仮面たちを筆頭に、全ての魔法少女たちが新たなる戦争へと動き出す。
第3章 永遠の帝国
その国について、知っていることはそう多くない。
戦争が終わり、ヨーロッパへと帰還した者たちの国。
女王と呼ばれる1人の魔法少女が統治しており、人よりも魔法少女が優先されている。
あくまでも、人間の世界であろうとした、アジアの国々とは違う。弱者を切り捨てることで、次の段階へと進もうとした国。
そこは魔法少女の楽園。
この星で最も強靱で。同時に、恐ろしい国でもある。
『間もなく、イギリスの空域に入ります。こちらはステルスを維持しているため、攻撃を受ける可能性は低いと思いますが。万が一のことも考慮し、心構えだけはしてください』
通信越しに、アイリの声が聞こえてくる。
アイリを除く、アンラベル6人のメンバー。彼女たちはホープのハッチ付近に集まり、すでに地上への降下準備を終えていた。
服装は、いつもの軍服姿ではない。これより訪れるのは、イギリスという未知なる領域。各々、一般市民として紛れ込むために、私服へと着替えている。
ステルス状態のホープで、イギリス本土へ接近。帝国軍の防衛網に引っかからないように、本土へとたどり着く。
それが、彼女たちの計画だったのだが。
「ッ、気づかれたか」
感覚を研ぎ澄ましていたのか。クロバラが、危険を察知する。
「アイリ、プランBで行くぞ。わたし達は今すぐホープから降りる」
『了解しました。ご武運を』
「えぇ!? 嘘! もう降りるの!?」
唐突なプランBに、ルーシィが悲鳴を上げる。
とはいえ、これが実戦というものである。
「デバイスが無いのが不安だろうが、そう心配はいらない。今のお前たちは、素の力でも十分にやっていけるはずだ」
これより行うのは、イギリスへの侵入作戦である。
素性、身分を隠して紛れ込もうというのだから、魔導デバイスという最先端テックを持ち込むわけには行かない。
一ヶ月前ならば、何も出来なかった少女たちである。
しかし今なら、デバイス無しでの飛行すら可能になっている。すでに、立派な魔法少女であった。
「忘れるなよ、ワルプルギスだ。全員揃って、向こうで合流しよう」
「あぁ、クソ。やってやるよ」
「どきどきデスね」
「任務了解」
「あぁ、不安」
「が、頑張らないと」
ハッチが開き、アンラベルのメンバーが1人ずつ空へと飛び立っていく。
それを、しっかりと見届けるクロバラであったが。
「アイリ、急速旋回! 全速力で空域を離脱しろ!」
『分かりました!』
そう叫びながら、最後にクロバラが空へ飛び立つと。
同時に、魔力を発動させ。
ステルス状態のホープを包み込むかのように、巨大な花の防御魔法を発動させた。
すると、その直後。
空気を斬り裂くような、凄まじい衝撃が、ホープへと殺到する。
もしもクロバラが防御していなかったら、ホープは撃墜されていただろう。
それほどまでに、強烈な魔法であった。
「まったく、とんだ洗礼だな」
これは明確なる攻撃である。
クロバラは魔力を高めると、自分に注意が向くように挑発を行う。
(みんな、くれぐれも怪我はするなよ)
仲間たちを無事に地上に送り届けるため、クロバラは囮役を買って出る。
すると、その挑発に乗ってくれたのか。
イギリスからの刺客が、クロバラの前へと姿を現す。
「ふっ。いきなりのご登場か」
現れたのは、仮面を付けた魔法少女。
ただならぬ魔力を身に纏った、頂点の一角。
「――混沌の中でも目立つ、奇妙なノイズだな」
オレンジ髪のロングヘア。言葉や雰囲気からして、ツバキでないのは確か。
しかしそのプレッシャーは、紛うことなき強者の風格を宿していた。