第84話 魔女(1)
イギリス本土へと向かう前。ホープの会議室にて、メンバーたちは作戦会議を行っていた。
これより行うのは、イギリスという未知なる土地における捜索任務である。これまでの、魔獣と戦うだけの単純な仕事ではない。救出任務ともまた違う。ゆえに、しっかりと作戦を練る必要があった。
「つーかよ。そもそも、あのイカれた仮面の奴が隊長の娘なら、直接そいつに会いに行けば良いんじゃねぇか? たしか、セント・ジョンズに居るとか」
ティファニーが提案する。
しかし、クロバラは良しとはしない。
「自分で言うのもあれだが。ツバキに対して、わたしが父親だと説明できる自信がない。なにせ、こんな見た目だからな」
10年前に死んだはずの父親が、自分より幼い魔法少女として生き返った。
これは無理な話である。
「それに、どういう理由かは不明だが、今のツバキは精神的に不安定に見えた。もしも、セント・ジョンズに潜入できて、運良く彼女のもとに辿り着けたとしても、焼き殺されそうだ」
そんなクロバラの意見に、他のメンバーたちも言葉が出ない。
そんなことはない、と。仲間心から言ってあげたいが。ツバキがどれほど危険な魔法少女なのかは、全員身を持って知っていた。
誰だって、焼き殺されたくはない。
「と、言うわけでだ。セント・ジョンズへ向かうという案は却下。あそこが帝国軍の一大拠点となっているのなら、連合所属のわたし達では近づけない可能性もある。――ゆえに、狙うのはイギリス本土だ」
クロバラは、世界地図でイギリスを指差す。
「捜索目標は、プリシラという名の女性。10年前の時点ではわたしの同僚で、一応は魔法少女だった。ツバキを託し、おそらくは育てていたはず」
「もしも、その教育のせいで性格が歪んだんなら、とんだヤベー奴だな」
「……信じたくはないが。ツバキの現状を見た以上、何が起こるかは予測不可能だ。わたしの知らない、裏の一面があった可能性もある。だから、あくまでも接触は慎重に。仮に手がかりを掴んだとしても、1人で突っ走るなよ?」
クロバラは、メンバーを見てそう言い。
彼女たちも頷く。
この仲間を、1人として失うわけにはいかないのだから。
「イギリスまではホープで向かう。今回、潜入するのはアイリを除いた全メンバー。アイリはホープの制御と、わたし達が居ない間のハイダ島の防衛を任せる」
「承知しました」
ホープを動かせる魔力の持ち主。そして、単独での能力の高さから、アイリは別行動を取ることに。
アイリは、アジア最強の魔法少女、七星剣のメンバーでもある。その筋から正体がバレる可能性もあるため、潜入からは外す必要があった。
「魔導デバイスは船に置いたまま。怪しまれないように、全員私服で、小型通信機だけを所持しろ」
今回の潜入作戦に、デバイスは持ち込めない。
その話を聞いて、メイリンやルーシィは顔色が曇る。
これまで、彼女たちが戦いを潜り抜けてきたのは、デバイスの補助によるものが大きい。クロバラによる基礎訓練、実戦での経験、ミコトから習った魔力操作など。積み重ねたものは大きいが、それでも不安は残ってしまう。
そんな彼女たちの不安を察してか、クロバラは勇気づける。
「忘れるなよ。わたし達は、全員揃ってアンラベルだ。決して1人じゃない。なにかあったら、仲間と一緒に対処するんだ。この一ヶ月、築き上げた絆は本物だ」
メンバーたちは、互いに顔を見合わせる。
最初こそ、新人と問題児の集まりにしか見えなかったが。今となっては、最も信頼できる仲間となった。
「プリシラの特徴だが。とりあえず言えることは、ガラテアに似ている、ということだ。髪の色は銀髪。魔法少女を引退しているなら、見た目もある程度は成長しているだろう」
「なるほど。ちょっと老けた少佐、デスか」
「まぁ、そうなるな。ほんの僅かな時しか一緒に過ごしていないが、彼女の顔は忘れていないだろう? それと似ている者を見つけることが出来たら、高確率でプリシラということになる」
仕事は単純明快。
全員が、やるべきことを理解する。
「ホープで本土に近づき、着陸可能地点を見つけたら、そこで降りる。もしも、何らかの理由で敵に見つかった場合、途中で船から飛び降りることになる。その可能性も、頭に入れておけよ」
ホープのステルスは、人類に対しても、魔獣に対しても有効なシステムである。ゆえに、バレずに本土へ辿り着くことは容易いはずだが。用心に越したことはない。
なにせ、イギリス帝国は未知なる文明なのだから。
最後に。
クロバラは1枚の紙を、メンバーに見せる。
そこに描かれていたのは、黄金の時計のマーク。
「もしもなにかあったら、このマークの持ち主を頼れ。かつてのわたし、クロガネの名前を出せば、きっと手を貸してくれるはずだ」
そのマークが示す名は、ワルプルギス。
引退した魔法少女、戦争の生き字引たちが集う組織。
◆
そこはまるで、おとぎの国。
少女たちの笑い声、きらびやかな光がそこら中に。
そこはまるで、別世界。
人類と魔獣の戦争など、存在していないかのように。
そこはまるで、魔法少女の楽園。
美しい星空の下で、魔法が生活の一部として根付いている。
「ま、マジか」
ティファニーだけではない。
そばにいる他のメンバーたちも、街の風景、人々の営みに驚きを隠せない。
今は戦争中のはずである。一ヶ月前の襲撃で、世界中の都市が大打撃を受け、壊滅したはず。
しかしこの場所、イギリス本土、グレートブリテン島は、まるで祭りの最中であるかのように賑わっていた。
そこらじゅうで魔力が溢れ、きらびやかに街を彩っている。
科学と魔法が融合し、独自の文化として発展しているのだろうか。
アジア有数の大都市。
戦争前の北京ですら、この輝きの前には霞んでしまうほど。
「これはこれは、驚きデスね。いくら文明が残っているとは言え、これは流石に」
レベッカですら、思わず正論しか出てこない。
それほどまでに、この光景は異常であった。
「もしかして、市民に対する魔力制限が存在しない? それで、治安が維持可能? そもそも、魔力と電気が当たり前のように混在してるなんて」
ブツブツと呟いて、ゼノビアの脳はすでに処理限界を迎えていた。
アジアとは、まるで比べ物にならない生活模様。常識をぶち壊す光景に、理解が追いついていない。
残る2人、メイリンとルーシィは。
「どうしよう。みんな、キラキラしてる」
「やだ! わたし達、田舎者丸出しじゃない?」
イギリス国民は、全てがきらびやかで。
対するアンラベルのメンバーは、必然的に私服が地味なように見えてしまう。
幼い魔法少女は、色々な意味でショックを受けていた。
ホープから脱出後。クロバラが囮になったこともあり、他のメンバーたちは無事に地上に降りることが出来た。
変に怪しまれないように、なるべく人の多い場所を目指して移動したのだが。
彼女たちの想像より、イギリスは遥かに栄えていた。
「おい、テメーら! はぐれるんじゃねぇぞ。この中で見失ったら、まじで見つけるの無理だからな!」
「デスね。恐ろしいことに、国民の殆どが魔法を使っているようデス。魔力が多すぎて、特定の人物を探すのはチョット」
イギリスは魔法少女中心の国。前情報は、その程度しか有していなかった。
まさか、ここまでアジアと違っているとは。
ここに存在するのは、間違いなく、人類に残された最大級の文明。
あらゆる分野の最先端が、この国には集っていた。
「あれって、食べ物かな?」
「えぇー、どうだろう。うぅ、気になって仕方がない」
「……冷静に考えて。わたし達、こっちでの通貨を持ってない」
幼いメンバーは、きらびやかな風景に目移りしてしまうものの。
ゼノビアは冷静に指摘する。
ここは、自分たちとは異なる勢力の土地。
あくまでも潜入中であり、物の価値すら理解できていない。
このままでは、田舎者丸出しで、面倒な存在に目をつけられる可能性もある。
そう、危惧していると。
「ちょっと、そこのレディたち。アタシのアクセサリー、見ていかない?」
声をかけてきたのは、ピアスが特徴的な、パンクファッションの女性。
この派手な街の中で。
さらに目立つ存在に捕まってしまった。