第85話 魔女(2)
仮面の魔法少女、デルタとの対峙を経て。他のメンバーより少々遅れる形で、クロバラはイギリス本土へと足を踏み入れる。
やって来たのは、文明の明かりが輝く大都会。
他のメンバーとの合流がとりあえずの目的ではあるものの。やはり、この国の予想外の姿に驚きを隠せないでいた。
(デルタ曰く、週末との話だったが。まさかこの時期に、これほど平和な日常が存在するとは)
外の世界とは大違い。魔獣の脅威、滅ぼされた都市、ただ生きることに必死な人々。それが、この新たなる戦争の当たり前な風景だと、クロバラは思っていた。
しかし、このイギリス本土は違った。まるで、戦争など関係ないとばかりに、輝かしいほどの文明を謳歌していた。
(しまったな。この中であいつらを見つけるのは、至難の業だぞ)
まるで、お祭りの最中かのように、大通りは人に溢れている。しかも、信じられないことに、目に見えるほどんどの人物が、魔法少女、あるいはそれに準ずる者たちであった。
この中から、特定の魔力を探し出すのはクロバラでも難しい。
途方に暮れたように、人の流れを見つめるしかない。
(……それにしても、異常だな。男はどこに行った?)
しばらく眺めたうえで、クロバラは一つの疑問に辿り着く。
確かに、派手な賑わいを見せている都会風景だが、そこに存在しているのはほとんどが魔法少女。もしくは、それを引退した、元魔法少女と思われる女性の姿のみ。
男の姿を、全くと言っていいほど目にしない。
いくら、イギリスが魔法少女中心の国とは言え。
人類の都市として、これは明らかな異常であった。
ここは、魔法少女の楽園。
ならば、それ以外の存在にとってはどうなのか。
この国の歪さを、ひしひしと感じ取る。
群衆に紛れた仲間たち。
それをどうやって探そうか、途方に暮れるクロバラであったが。
「――失礼、お嬢さん。よろしければ、お茶でもいかがですか?」
思わず、安らぎを感じるような。
懐かしい声に、振り向いた。
◆
「ちょっと、そこのレディたち。アタシのアクセサリー、見ていかない?」
そんな、怪しげな声。
かなりパンクなファッションに身を包んだ女性に声をかけられて、アンラベルのメンバーたちは動揺していた。
ただでさえ、ここは勝手の分からない異国の地。なるべく、目立つ行為は避けなくてはならない。
また、任務遂行のため、クロバラと合流するためにも、ワルプルギスと呼ばれる存在に接触する必要もある。
ゆえに、怪しいお姉さんのお誘いには乗りたくないのだが。
「アンタたち、ここらへんの魔法少女じゃないでしょ? ほら、纏ってる空気が違うもの」
「うげっ」
なぜ、そんなことがバレたのか。
思わず、ティファニーが声が漏れる。
「面倒事は避けたいんじゃない? だったらほら、こっちに来んしゃい」
怪しい誘いの手。それでも、無視をしたら後が怖い。
メンバーたちは互いに顔を見合わせると、渋々といった様子で怪しいお姉さんの元へと近づいた。
「あはは、いらっしゃーい。ようこそ、魔女印のアクセサリーショップへ。ほら、好きに見てってよ」
どうやら彼女は、アクセサリーの露天販売を行っているらしく。
地面に敷かれたマットには、きらびやかなアクセサリーが多数並んでいた。
お姉さんのパンクな見た目に反して、アクセサリーは以外にもまとも。というより、むしろ少女心をくすぐる綺麗なもので。
メイリンやルーシィは、早速そのアクセサリーに目を奪われていた。
ティファニーやレベッカは、あまりこういう物に興味がないのか、少々冷めた様子で。
ゼノビアも、また別の観点から距離を置いていた。
「……ここにある商品、全部魔法が込められてる。ただの飾りじゃない」
なにせ、怪しいお姉さんが売っている商品である。
ただのアクセサリーに見えて、それは確かな力を持つ代物であった。
ゼノビアの意見を受けて、お姉さんは少々驚いた様子。
「へぇ。こいつに込められた魔力に気づくなんて。アンタ、いい目をしてるわね」
「別に、大した事ない。注意を怠るなって、そう訓練を受けてるから」
ゼノビアだけではない。他のメンバーも、およそ一ヶ月近い間、クロバラによる基礎訓練を受けてきた。
だからこそ、どんな状況でも冷静さは失わない。
「そういうこった。あとついでに、アタシらは一文無し。悪いが、ここの商品は買えねぇよ」
「……」
ゼノビアの頭に乗っかりながら、ティファニーがそう言い放つ。
体格差を感じてか、ゼノビアは不服そうであった。
「テメェらも、目をキラキラさせてんじゃねぇ! さっさとあのチビと合流して、ワルプルギスとやらを探すぞ」
「そうデスよ。リーダーぶってるティファニーさんの言う通りデス!」
「うっせー、バカ!」
忘れてはいけない。自分たちは、任務を果たすためにこの地にやってきたのだから。
怪しい相手、奇妙な現象に出くわしても、目的を見失ってはいけない。
そうやって、一致団結するアンラベルの少女たちを見て。
露天の怪しいお姉さんは、静かに微笑んだ。
「いいわね、そういうの。なんだか昔を思い出す」
そう言いながら、お姉さんはいくつかのアクセサリを見繕うと、それを袋の中へと詰めていき。
少女たちへと差し出した。
「……聞いてなかったのか? アタシら、無一文だぜ?」
「もちろん聞いてたよ。でもアタシは、そもそもこれを販売するとは、一言も言ってないでしょ?」
確かに彼女は、アクセサリーを見ていって、と言っただけである。
買っていけ、とは一言も言っていない。
「アタシは、気に入った相手に、気まぐれに物を渡すのが好きな、ただの魔女。アンタたちを応援するってことで、この希望のチャームをプレゼントしてあげる」
かつて、同じ魔法少女であった、1人の人間として。
ただ純粋に、受け取ってほしい。
そんな彼女の好意を、流石に突っぱねるのは気が引けたのか。
「ちっ、ありがとよ!」
ティファニーは、よく分からない感情で袋を受け取った。
「じゃ、またね〜」
露天のお姉さんと、別れの挨拶をして。
再び、都会の波と相対するメンバーたちであったが。
「ねぇちょっと、貰ったアクセサリー、早速着けてみない?」
「うんうん、わたしも!」
どうやら、少女の心は抑えきれないようで。
ルーシィ、メイリンと、袋の中へと手を伸ばす。
「はぁ。隊長と違って、こいつらは中身までガキだからな」
ティファニーも観念したのか。
とりあえず、貰ったアクセサリーを袋から出してみることに。
すると、
「……あぁ?」
すぐに、違和感に気づく。
「……」
ティファニーだけでなく、ゼノビアも、それをひと目見ただけで気づいていた。
「どういうこった? なんで、7つもアクセサリーが入ってんだよ」
ここに居るメンバーは、5人だけ。
クロバラは現在はぐれており、アイリに至っては完全なる別行動。
自分たちが全員で7人であると、あの怪しいお姉さんには一言も言っていない。
「あいつ、なにもんだ!?」
とっさに、ティファニーは空を飛び。
先ほど、露天があった場所に目を向ける。
だがしかし、そこには何もなく。
彼女がいた痕跡すら、残っていなかった。
「……」
アンラベルのメンバー。仲間が全員で7人であることは、誰も口にしていない。
何なら、少しの匂わせすらしていなかったはず。
なのに彼女は、7人全員分のアクセサリーを袋に詰めていた。
空に浮かんだまま、呆然とするティファニーであったが。
「ねぇ、ティファニーちゃん! ちょっとこれ見て!」
自分を呼ぶメイリンの声を受け。
釈然としない気持ちのまま、仲間の元へと戻っていった。
「ったく、今度はどうしたんだ?」
アクセサリーが7つ入っていた時点で、すでに怪しさ満載だと言うのに。これ以上、何があるというのか。
「袋の底に、こんなものが入ってた」
そう言って、ゼノビアが手にするのは、1枚の紙切れ。
かなり下手くそな、手書きの地図のようなものが描かれており。
何より驚くべきは、黄金の時計のマークが記されていること。
「このマーク、まさか」
「ええ。隊長の言っていた、ワルプルギスの紋章」
怪しい露天の女性、7つのアクセサリー。
それらの謎は、全てワルプルギスへと通じていた。