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第86話 シャルロッテ(1)

第86話 シャルロッテ(1)





「ここで、合ってるよな?」




 怪しい女性との出会いを経て。手書きの地図に従うように、ティファニーらアンラベルの少女たちは、教会らしき建物へとやって来る。

 教会の扉付近には、黄金の時計をモチーフにした紋章が。


 作戦前にクロバラが言っていた、ワルプルギスという存在を象徴するものである。




「ワルプルギス。退役した魔法少女、俗に言う魔女によって構成されるコミュニティ。かつての隊長が、多くの魔法少女を導いた教官だったとしたら、その繋がりは理解できる」




 ゼノビアは冷静に、なぜワルプルギスを頼るべきなのかを再認識する。

 隊長のかつての名前、クロガネのネームバリューがどこまで通じるのかは不明だが。少なくとも、本人はかなり自信のある様子であった。


 だがしかし、

 この手書きの地図を手に、ゼノビアは思いとどまる。




「さっきの怪しい女性も含めて、全てが罠の可能性もある。アジアでは、確かに隊長の名前が通用したのかもしれないけど、ここはイギリス」


「なるほど。つまり、この扉を開けた瞬間、ドカン! って言うのもあり得るわけデスね?」


「あくまでも、可能性だけど。だとしたら、貰ったアクセサリーも危険かもしれない。不測の事態が起きたら、すぐにでも捨てるように」


「あぁ、だな」




 ゼノビアの考えに、レベッカとティファニーは同意を示すも。

 貰ったアクセサリーを捨てるという言葉に、すでに気に入っていたメイリンとルーシィは不服そうな表情を。




「むぅ……」


「も、モッタイナイ」


「うるせぇ、このガキども! タダほど怖いものはねぇんだぞ? あんないかにも怪しい女から貰って、少しは警戒しろや」





 教会の扉の前で、アンラベルの少女たちが小さな諍いをしていると。

 ゆっくりと、その扉が開き。





「おい、一体何を揉めてるんだ? さっさと中に入ってこい」




 姿を現したのは、我らが隊長、クロバラ。

 無駄に揉めている仲間たちを見て、少々呆れた表情をしていた。













「よかったー。クロバラちゃんが居るなら安心だよ〜」


「そうデスね。彼女が実はニセモノ、という可能性もありマスが」


「……お前たち、変に警戒しすぎじゃないか?」




 クロバラの案内を受けて、メンバーたちは教会の中へ。

 至っておかしな部分のない、清らかで清潔な場所、という印象である。




「ここに来る前に、怪しい女の人に出会って、この場所を案内された。それと、素性を明かしてないのに、7人分のアクセサリーまで渡された」


「そういうこった。だからアタシらは、罠じゃねぇかって警戒してたんだよ」




 そう言って。

 ティファニーは貰ったアクセサリーの1つを、クロバラに見せた。


 それを見て、クロバラは驚いたように目を見開く。




「まさか、希望のチャーム? お前たち、ミラビリスに会ったのか?」


「ミラビリス? いいや、名前は知らねぇが、とにかく怪しい女だったな。雰囲気からして、魔女かもしれねぇが」


「……ミラビリス」




 その名を聞いて、ゼノビアは何かを思い出す。




「それって確か、大戦時の有名な魔法少女、希望のミラビリス?」


「あぁ。さすが、お前は勤勉だな。わたしの予想が正しければ、お前たちが会った魔女は、そのミラビリス本人だろう。まさか、生きていたとはな」





 かつての大戦で活躍した魔法少女は、その多くがハート病という奇病によって命を落としている。

 強大な力を持つ異名持ちであっても、例外ではない。



 そんな話をしながら、クロバラたちは教会の奥へと進んでいき。





「待たせたな、シャルロッテ。こいつらが、わたしの仲間たちだ」




 そこで待っていた、1人の女性と対面する。

 穏やかな印象を受ける、金髪の女性である。




「……なるほど。教官が手塩にかけているのが、なんとなく分かりますね」




 かつての自分、在りし日を思い出すように。

 女性、シャルロッテは微笑んだ。





「ようこそ、ワルプルギスへ。英国における筆頭代理として、あなた達を歓迎します」





 少々、寄り道があったものの。誰一人として欠けることなく、メンバーたちは英国への侵入に成功した。

 任務はまだ、始まったばかり。














 教会の地下。薄暗く、まさに魔女の密会にふさわしい雰囲気の場所。

 そこで、アンラベルのメンバーは、魔女たちによるささやかなおもてなしを受けていた。




「遠路はるばるご苦労さん! ほら、好きなだけ食べな!」




 テーブルの上に並べられる、出来立ての料理たち。

 料理人であろうか。恰幅の良い女性が、遠慮せず食べるように勧めてくる。




「……ごくり」




 これまで、過酷な生活を強いられてきたメンバーにとって、それはもはや抗いがたい誘惑で。

 ただ見ているだけでも、よだれが溢れるようなごちそうであった。


 そんな彼女たちを見て、クロバラはなんとも言えない表情を。




「まぁ、確かに。ずっとシカを狩ったり、野草を調理したりしてたからな」




 過酷な環境下では、それすら十分なごちそうであったが。

 潤沢な食料によって調理された料理は、どれほど待ち焦がれていたものか。


 これまでの我慢を吹き飛ばすように、少女たちは料理へと手を伸ばした。




「おかわりもあるから、いっぱい食べてね」




 また別の魔女が、料理を運んでくる。

 比較的若く、引退したてであろうか。


 クロバラは礼儀正しく食事をしながら、周囲の魔女たちに視線を配る。

 目に見えるだけでも、幅広い世代の魔女が居るように見える。


 だが、しかし。




(やはり、あの世代の者は居ない、か)




 あの世代。それはつまり、最終決戦、ラグナロクに参戦した世代の魔法少女である。

 10年前。当時、現役だったほとんどの魔法少女があの作戦に参加し、魔獣殲滅用のMGVキラーを世界中に打ち込んだ。


 その結果、作戦に参加した魔法少女は、ハート病と呼ばれる奇病にかかり、その命を散らしていった。

 あの世代で生き残ったのは、たまたま作戦に参加しなかった者や、音速のオクタビアのような特例のみ。


 この場には、多くの魔女が存在する。はるか昔に引退した魔女から、最近まで魔法少女だったであろう者まで。だがしかし、あの世代の者だけが、まるで空白のように存在していない。


 最後まで一緒に戦った、あの世代の魔法少女たち。その大半が命を落としたという事実に、クロバラは改めて気を落とす。




「教官。なにか、苦手な食材でも?」



 そうやって声をかけてくるのは、シャルロッテという名の魔女。

 この場において、クロバラが最も信頼する魔女である。




「……いや、なんだ。お前がここに居なかったら、わたしは絶望に打ちひしがれていたかもな」


「……教官」




 クロバラが、何を思い、何を感じているのか。シャルロッテもそれを察する。

 ただ静かに、失ったものを尊ぶように。


 そんな2人の姿を見て、アンラベルのメンバーは、なんとも不思議そうな顔を。




「ねぇ、クロバラちゃん。その人って、どういう関係なの?」



 メイリンがそう尋ねると。




「ぷふっ。クロバラちゃん、ですか? まさか教官が、仲間にそう呼ばれているとは」


「……今のわたしは、魔法少女だからな。笑うな、シャルロッテ」


「ふふふ。それは、難しい話です。当時を知っている者であれば、あなたがそんな呼ばれ方をしているなんて……」




 よっぽどツボにはまったのか。

 シャルロッテは、笑いを堪えるのに必死な様子。


 仕方がないと、クロバラはため息を吐く。




「シャルロッテは、戦争に参加した最後の世代の魔法少女だ。つまり、10年前には軍に所属していた」


「……でも、その世代の魔法少女は、全員病気で」



 ゼノビアがそう指摘するも、クロバラは首を横に振る。




「ほんの僅かだが、生き残りも存在するんだ。シャルロッテのように、たまたま作戦に参加しなかった者。音速のオクタビアのように、感染する暇もないほど素早かった奴、なんてのも居る」




 音速のオクタビア。

 その名を聞いて、ティファニーは何かを思い出したのか、苦い表情をする。




「それに、シャルロッテは」




 クロバラには理由があった。

 この英国の地でも、ワルプルギスを頼りにできると、確信できるだけの理由が。





「わたしが目覚めてから、最初に助けてくれた人間なんだ」





 全ては、始まりの夜まで遡る。


 クロバラが、クロバラとして目覚めた日。


 全てが始まった日に、2人は出会った。






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