第86話 シャルロッテ(1)
「ここで、合ってるよな?」
怪しい女性との出会いを経て。手書きの地図に従うように、ティファニーらアンラベルの少女たちは、教会らしき建物へとやって来る。
教会の扉付近には、黄金の時計をモチーフにした紋章が。
作戦前にクロバラが言っていた、ワルプルギスという存在を象徴するものである。
「ワルプルギス。退役した魔法少女、俗に言う魔女によって構成されるコミュニティ。かつての隊長が、多くの魔法少女を導いた教官だったとしたら、その繋がりは理解できる」
ゼノビアは冷静に、なぜワルプルギスを頼るべきなのかを再認識する。
隊長のかつての名前、クロガネのネームバリューがどこまで通じるのかは不明だが。少なくとも、本人はかなり自信のある様子であった。
だがしかし、
この手書きの地図を手に、ゼノビアは思いとどまる。
「さっきの怪しい女性も含めて、全てが罠の可能性もある。アジアでは、確かに隊長の名前が通用したのかもしれないけど、ここはイギリス」
「なるほど。つまり、この扉を開けた瞬間、ドカン! って言うのもあり得るわけデスね?」
「あくまでも、可能性だけど。だとしたら、貰ったアクセサリーも危険かもしれない。不測の事態が起きたら、すぐにでも捨てるように」
「あぁ、だな」
ゼノビアの考えに、レベッカとティファニーは同意を示すも。
貰ったアクセサリーを捨てるという言葉に、すでに気に入っていたメイリンとルーシィは不服そうな表情を。
「むぅ……」
「も、モッタイナイ」
「うるせぇ、このガキども! タダほど怖いものはねぇんだぞ? あんないかにも怪しい女から貰って、少しは警戒しろや」
教会の扉の前で、アンラベルの少女たちが小さな諍いをしていると。
ゆっくりと、その扉が開き。
「おい、一体何を揉めてるんだ? さっさと中に入ってこい」
姿を現したのは、我らが隊長、クロバラ。
無駄に揉めている仲間たちを見て、少々呆れた表情をしていた。
◇
「よかったー。クロバラちゃんが居るなら安心だよ〜」
「そうデスね。彼女が実はニセモノ、という可能性もありマスが」
「……お前たち、変に警戒しすぎじゃないか?」
クロバラの案内を受けて、メンバーたちは教会の中へ。
至っておかしな部分のない、清らかで清潔な場所、という印象である。
「ここに来る前に、怪しい女の人に出会って、この場所を案内された。それと、素性を明かしてないのに、7人分のアクセサリーまで渡された」
「そういうこった。だからアタシらは、罠じゃねぇかって警戒してたんだよ」
そう言って。
ティファニーは貰ったアクセサリーの1つを、クロバラに見せた。
それを見て、クロバラは驚いたように目を見開く。
「まさか、希望のチャーム? お前たち、ミラビリスに会ったのか?」
「ミラビリス? いいや、名前は知らねぇが、とにかく怪しい女だったな。雰囲気からして、魔女かもしれねぇが」
「……ミラビリス」
その名を聞いて、ゼノビアは何かを思い出す。
「それって確か、大戦時の有名な魔法少女、希望のミラビリス?」
「あぁ。さすが、お前は勤勉だな。わたしの予想が正しければ、お前たちが会った魔女は、そのミラビリス本人だろう。まさか、生きていたとはな」
かつての大戦で活躍した魔法少女は、その多くがハート病という奇病によって命を落としている。
強大な力を持つ異名持ちであっても、例外ではない。
そんな話をしながら、クロバラたちは教会の奥へと進んでいき。
「待たせたな、シャルロッテ。こいつらが、わたしの仲間たちだ」
そこで待っていた、1人の女性と対面する。
穏やかな印象を受ける、金髪の女性である。
「……なるほど。教官が手塩にかけているのが、なんとなく分かりますね」
かつての自分、在りし日を思い出すように。
女性、シャルロッテは微笑んだ。
「ようこそ、ワルプルギスへ。英国における筆頭代理として、あなた達を歓迎します」
少々、寄り道があったものの。誰一人として欠けることなく、メンバーたちは英国への侵入に成功した。
任務はまだ、始まったばかり。
◆
教会の地下。薄暗く、まさに魔女の密会にふさわしい雰囲気の場所。
そこで、アンラベルのメンバーは、魔女たちによるささやかなおもてなしを受けていた。
「遠路はるばるご苦労さん! ほら、好きなだけ食べな!」
テーブルの上に並べられる、出来立ての料理たち。
料理人であろうか。恰幅の良い女性が、遠慮せず食べるように勧めてくる。
「……ごくり」
これまで、過酷な生活を強いられてきたメンバーにとって、それはもはや抗いがたい誘惑で。
ただ見ているだけでも、よだれが溢れるようなごちそうであった。
そんな彼女たちを見て、クロバラはなんとも言えない表情を。
「まぁ、確かに。ずっとシカを狩ったり、野草を調理したりしてたからな」
過酷な環境下では、それすら十分なごちそうであったが。
潤沢な食料によって調理された料理は、どれほど待ち焦がれていたものか。
これまでの我慢を吹き飛ばすように、少女たちは料理へと手を伸ばした。
「おかわりもあるから、いっぱい食べてね」
また別の魔女が、料理を運んでくる。
比較的若く、引退したてであろうか。
クロバラは礼儀正しく食事をしながら、周囲の魔女たちに視線を配る。
目に見えるだけでも、幅広い世代の魔女が居るように見える。
だが、しかし。
(やはり、あの世代の者は居ない、か)
あの世代。それはつまり、最終決戦、ラグナロクに参戦した世代の魔法少女である。
10年前。当時、現役だったほとんどの魔法少女があの作戦に参加し、魔獣殲滅用のMGVキラーを世界中に打ち込んだ。
その結果、作戦に参加した魔法少女は、ハート病と呼ばれる奇病にかかり、その命を散らしていった。
あの世代で生き残ったのは、たまたま作戦に参加しなかった者や、音速のオクタビアのような特例のみ。
この場には、多くの魔女が存在する。はるか昔に引退した魔女から、最近まで魔法少女だったであろう者まで。だがしかし、あの世代の者だけが、まるで空白のように存在していない。
最後まで一緒に戦った、あの世代の魔法少女たち。その大半が命を落としたという事実に、クロバラは改めて気を落とす。
「教官。なにか、苦手な食材でも?」
そうやって声をかけてくるのは、シャルロッテという名の魔女。
この場において、クロバラが最も信頼する魔女である。
「……いや、なんだ。お前がここに居なかったら、わたしは絶望に打ちひしがれていたかもな」
「……教官」
クロバラが、何を思い、何を感じているのか。シャルロッテもそれを察する。
ただ静かに、失ったものを尊ぶように。
そんな2人の姿を見て、アンラベルのメンバーは、なんとも不思議そうな顔を。
「ねぇ、クロバラちゃん。その人って、どういう関係なの?」
メイリンがそう尋ねると。
「ぷふっ。クロバラちゃん、ですか? まさか教官が、仲間にそう呼ばれているとは」
「……今のわたしは、魔法少女だからな。笑うな、シャルロッテ」
「ふふふ。それは、難しい話です。当時を知っている者であれば、あなたがそんな呼ばれ方をしているなんて……」
よっぽどツボにはまったのか。
シャルロッテは、笑いを堪えるのに必死な様子。
仕方がないと、クロバラはため息を吐く。
「シャルロッテは、戦争に参加した最後の世代の魔法少女だ。つまり、10年前には軍に所属していた」
「……でも、その世代の魔法少女は、全員病気で」
ゼノビアがそう指摘するも、クロバラは首を横に振る。
「ほんの僅かだが、生き残りも存在するんだ。シャルロッテのように、たまたま作戦に参加しなかった者。音速のオクタビアのように、感染する暇もないほど素早かった奴、なんてのも居る」
音速のオクタビア。
その名を聞いて、ティファニーは何かを思い出したのか、苦い表情をする。
「それに、シャルロッテは」
クロバラには理由があった。
この英国の地でも、ワルプルギスを頼りにできると、確信できるだけの理由が。
「わたしが目覚めてから、最初に助けてくれた人間なんだ」
全ては、始まりの夜まで遡る。
クロバラが、クロバラとして目覚めた日。
全てが始まった日に、2人は出会った。