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第96話 プリシラ(2)

第96話 プリシラ(2)





 帝国の深淵、零領域にて。

 クロバラとシェルドンは、引き続き話をする。




「女王の経歴については知っているかい?」


「レーツェンから、それとなく聞いた。200年前にイギリスを追われ、そこから現代まで生き延びているとか」


「その通り。魔獣との戦争を初期から知っている、おそらくは世界でも最高齢の存在だろう。その付き人であるレーツェンは、それより少し年上かな?」


「つまり、本物の王族」


「だろうね。そうじゃなきゃ、ここまでイギリス帝国の復活に力を入れないだろうし」




 戦争が終わり、ヴィクトリア女王の一派は、魔法少女至上主義を掲げて、この失われた土地まで戻ってきた。

 200年もの間、ずっと待ち続けていたのだろう。




「僕たちの時代でも、戦場には出ずに、ずっと鍛錬を続けることで魔力を維持していたらしい」


「ああ。わたしも、馬車に乗って軍の訓練を見学に来ていたレーツェンを、微かながら覚えている」




 魔獣によって土地を奪われながらも、ずっと血筋を守ってきた。

 それが、ヴィクトリア女王と、付き人であるレーツェンなのだろう。




「不可解なのは、どうして200年も生き続けたのか、だな」


「そうだね。王家の血筋を残したいのなら、普通に子どもを生み、子孫に託すのが一般的だ」




 けれども、女王はその道を選ばなかった。




「魔法少女は、理論上は不老不死の存在だ。魔力を維持し続ける限り、その肉体は老いることがない」


「死を恐れた結果、ということか?」


「さぁ、それは本人たちに聞いてみないと。残念ながら、女王もレーツェンも、そこら辺の話はしてくれなくてね」




 どのような事情があろうと。

 結果的に、女王はこの時代まで生き延びた。

 200年間、姿の変わらぬ魔法少女として。




「戦争が終わって、女王とその一派は、イギリス帝国の復活を宣言して、この土地へと移り住んだ。ちなみに、僕もその中の一人だ」


「お前、そうだったのか?」


「なんというか、スカウトだよ。いくら魔法少女が優れていても、国を作るというのは簡単じゃない。無論、科学者だって必要だからね」




 そのような事情もあって、シェルドンは科学者として、現在のイギリス帝国の立ち上げに参加した。

 それだけなら、何の問題もなかったのだが。




「予想外の出来事が、起こったんだな?」


「ああ。女王陛下が、突如として認知症を発症したんだ」




 それが、全ての始まり。















「認知症か。かつて軍に所属していた頃、100年近く生きる、いわゆる歴戦の魔法少女を何人も見てきたが。魔法少女が認知症になるなんて話、一度も聞いたことがないな」


「僕もそうさ。少なくとも、陛下以外にそのような魔法少女は見たことがない。そもそも、魔法少女の身体機能は特別で、たとえ衰えて魔女になったとしても、普通の人間よりも優れた機能を有している。だから、たとえ引退した魔女だとしても、認知症になるリスクは限りなく低いんだ」




 魔法少女。魔力に触れた存在は、多くの病のリスクから開放される。

 それが、現代医学における常識であった。




「同じくらい生きているであろうレーツェンも、ご覧の通り普通に生活している。だから、200年という時間が問題だとは思わない」




 シェルドンは優れた科学者だが、それでも医療に関しては専門外であった。

 だからこそ、それを解決できる存在が必要であり。


 結果として、プリシラが招かれることになった。




「ツバキちゃんも含めて、高待遇で受け入れてくれることもあってね。プリシラは快く仕事を引き受け、女王の治療へと取り掛かった」




 始まりは、その程度の話であった。

 女王の病を治す。たった、それだけ。




「けれど、色々と調べるうちに、プリシラは女王の魔力に異変が起きていることに気づいた」


「魔力?」


「ああ。女王の魔力は、不自然なまでに成長を続けていたんだ」




 それが、見つけてしまった異変。




「知っての通り、魔力は使わなければ衰えていく。逆に、戦場などで戦い続ける魔法少女は、活性化することで魔力が増大する。これは、どんな魔法少女にも共通することだ。無論、女王やレーツェンも同じ。まぁ彼女たちの場合、200年もずっと閉鎖的な状態で鍛錬を続けることで魔力を維持していたから、少々特殊な状況だったんだけど。……それが原因か、女王の魔力は何もしなくても成長するようになっていたんだ」


「そんなバカな」


「ああ。初めは僕も疑ったよ。魔力の成長が止まらないということは、永遠に魔法少女であり続けるということ。つまり女王は、衰えて人間に戻ることがない」


「衰えない、永遠の魔法少女」


「それに加えて、厄介なのが認知症だ。肥大化し続ける魔力を、女王は制御できないようになってしまってね。どんどん病状が悪化していき、宮殿が崩壊しかけたことだってある」




 膨れ上がる力と、壊れかけの器。

 それはもはや、災害にも等しいもの。




「魔力の暴走と、薄れゆく女王の意識。それを止めるために、プリシラは応急処置として、グランドクロス、女王の仮面というシステムを作った」




 女王直属の精鋭部隊、グランドクロス。

 一般にはそう呼ばれている彼女たちも、本当は別の役割が存在した。




「女王の魔力を特殊な仮面型の魔導デバイスに封印して、他の魔法少女が負荷を肩代わりする。それが、彼女たちに与えられた本当の役割なんだ」


「ツバキを含めた4人の魔法少女が、女王の魔力を背負っている?」


「……4人だけじゃないさ。女王の魔力が成長を止めない以上、仮面の適合者もさらに必要になる。もしも君に適性があったら、君が5人目になっていただろうね」




 女王の魔力を肩代わりする、それがグランドクロスの本当の役割。

 だからこそ、レーツェンは多少のリスクを無視してでも、クロバラを新たなる仮面の魔法少女にしたかったのだろう。

 できるだけ、女王の負担を減らせるように。




「魔力強度で考えれば、レーツェン自身も適性があるだろうけど。彼女は、女王の代わりに国を運営する役割があるからね。だから常に、強い魔力の持ち主を探している」




 女王の魔力に耐えられる、強力な魔法少女。

 果たして、この滅びかけの惑星にどれくらい残っているのか。




「ああ見えて、彼女も焦っているのさ。プリシラが消えたことで、治療は事実上ストップしている。今やれることは、膨れ上がる女王の魔力を抑えるべく、リミッターを増やすことだけ」


「こんな切迫した状況で、なぜプリシラは消えたんだ?」




 それが、一番の問題である。

 本来であれば、この零領域で研究を続けているのは、プリシラとシェルドンの2人。


 特に、反転魔法などの未知なる技術を提唱したプリシラが消えてしまっては、女王の治療が進む理由もない。





 なぜ、プリシラは消えたのか。





「……今から君に話すのは、レーツェンにも伝えていない、プリシラ失踪の理由だ」



 それを知るのは、シェルドンただ1人。




「彼女は、ハート病に冒されていたんだ。色々と治療を頑張ったが、身体に限界が近づいていてね。自らの死期を悟った彼女は、生まれ故郷に帰るとだけ言い残し、僕の前から姿を消した」




 それが、失踪の理由。

 だがしかし、クロバラは納得ができない。




「待ってくれ。ハート病は、ラグナロクに参加した魔法少女がかかった病だろう? プリシラはそれに当てはまらないはず。彼女は研究者だぞ」


「あぁ、そうか。君はまだ、ハート病の真相を知らないんだね」




 シェルドンは、静かに告げる。

 何よりも残酷な、ハート病の正体を。




「まず第一に、ハート病なんていう病気は存在しないんだ。これは、とある生物兵器を原因とした、集団的心不全。つまりはバイオハザードだ」


「生物、兵器?」


「君もよく知っているだろう。戦争を終わらせるために造り出された、魔獣のみを殺す兵器、MGVキラーを」




 最終作戦、ラグナロクに用いられた生物兵器。

 かつて、クロバラが開発を推し進めていた兵器である。




「バカな。キラーは、魔獣のみを殺すはず。そもそも、開発者であるプリシラ自身が、安全性の保証を」


「いいや、プリシラですら気付けなかったんだ。あの兵器が、どんな惨状を生むのかを」




 平和のため、戦争を終わらせるため。

 そして何よりも、魔法少女たちを救うために。


 けれども、その兵器は。





「MGVキラーが殺すのは、魔獣だけじゃない。魔法少女すらも、その対象になってしまうんだ」





 残酷なまでに、間違っていた。






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