第91話 女王の守護者(1)
そこは、神聖なる教会。
人類の復興の象徴として、この国の初期に建てられた建造物の1つ。
引退した魔法少女、魔女の団体であるワルプルギスによって管理されて、今でも建設当初と変わらない美しさを保っていた。
そんな場所に、1人の魔法少女がやって来る。
オレンジ髪のロングヘアが特徴的な、美しい魔法少女が。
微笑を浮かべる彼女の名は、デルタ。
ヴィクトリア女王直属の精鋭、グランドクロスの1人であり、この国の軍事力の一端を担う者。
今のワルプルギスにとっては、あまり近寄って欲しくない存在であった。
デルタの顔は、帝国内ではかなり有名であり、教会の魔女たちは困惑した様子で彼女を見る。
なぜ、ここへ来たのか。
すると、デルタに対応するべく、この場における責任者が。
魔女、シャルロッテがやって来る。
「……ここへ、何用でしょう」
他の魔女とは違い、シャルロッテの表情に怯えはない。
次世代の種を守るためにも、ここに軍の関係者を入れるわけにはいかなかった。
この教会の地下には、アンラベルの少女たちを匿っているのだから。
「ふむ。お前は?」
「わたしはシャルロッテ。訳あって、今はここの代表をしています」
「なるほど。噂のミラビリスと会えないのは残念だな」
「おや、彼女との面会を希望でしたか? でしたら、わたしから伝言を伝えておきますが」
「いいや結構だ。探そうと思えば探せる。用があるのは、地下にいる連中だ」
「……と、言いますと」
シャルロッテとデルタ。
2人の間で、空気が変わる。
「つい先程、数ブロック先で魔法少女同士の戦闘があったのは知っているな?」
「ええ。凄まじい魔力が、こちらまで轟いていましたから」
「その結果、不法入国した魔法少女を1人、捕縛した」
「……それが、なんでしょう」
不法入国した魔法少女。
シャルロッテには当然、心当たりがある。
だがしかし、彼女が捕縛されるとは、とても。
「捕縛された魔法少女は、外見年齢10歳ほど。左目に眼帯をつけているのが特徴的だ」
「……そう、ですか」
その言葉に、シャルロッテは動揺しつつも、決して表情には出さない。
出してしまっては、他の存在も認めてしまうことになる。
「わたしとしては、不法入国した魔法少女には仲間が居ると睨んでいてな」
「それが、ここに居ると?」
「ああ。そういう者を支援する団体があるとすれば、ワルプルギス以外に無いだろう」
シャルロッテは、静かに睨みを効かせ。
鋭い魔力の波動がデルタに突き刺さる。
「力の衰えた魔女が、あまり無理をするものじゃない」
「魔力が枯れようと、心と技は錆つきません」
「……」
真正面から向けられる、強い意志。
それは紛れもなく、歴戦の猛者である証明であった。
ここまで、真面目に対応をされるとは。
デルタは少々予想外であり。
「ふっ、すまない。ちょっとしたイタズラのつもりだったんだが」
「どういう意味ですか?」
「まず、勘違いを正そう。わたしは君たちの、……正確に言うとクロバラの――」
誤解を解くため、その名を口にしようとした時。
――鋭い雷撃が、デルタに襲いかかる。
「クソ、ぶっ殺すしかねーか!」
「報復デスね!」
姿を現したのは、ティファニーとレベッカ。
すでにデルタを敵と認識しており、その攻撃に手加減など存在しない。
「ちょ、おい」
そもそもの勘違い。
まぁ、デルタがシャルロッテを試そうとしたのが悪かったのだが。
一連の流れを見ていたアンラベルの少女たちは、すでにやる気に満ち溢れていた。
「あのクソ隊長め。なんでちょろっと散歩に行って捕まってんだよ」
そう悪態を吐きながらも。
電力を帯びた素早い動きで、ティファニーは拳と蹴りの連打を。
「くっ、この」
話をしようとするデルタを、強引に圧していく。
「あはははっ」
無論、レベッカも負けるつもりはなく。
挟み撃ちをする形で、デルタに攻撃を仕掛けていく。
本来の実力であれば、デルタは圧倒的な魔力で2人を退けられるのだが。
ここは教会の中。
おまけに、自分には敵意がないため。
洗練された2人のコンビネーションを、軽く食らいつつ。
だがしかし、
「――いいかげんに、しろ!」
これ以上の暴力は受けまいと。
デルタは魔力を練ると、強烈な超音波が発生し。
2人だけでなく、周囲に居た他の者まで、たまらなく耳を塞いだ。
「落ち着け! わたしは敵じゃない。クロバラからの伝言を預かってきただけだ」
大きな声で。
ようやくデルタは、自分の意志を伝えることに成功する。
「敵じゃねぇだと? でもテメェ、あいつを捕縛したって言ったじゃねぇか」
「それには事情がある。執政官が動いたと言えば、魔女連中は納得してくれるな?」
執政官。
その名に、魔女たちは動揺をあらわにする。
無論それは、シャルロッテも同じこと。
「執政官が動いたとは、どういう事情が」
「それはわたしも分からん。だが彼女の手前、クロバラを逃がすわけにはいかなくてな。彼女は単独での密入国者として、連行されることになった」
「……単独。つまり、他のアンラベルのメンバーや、わたし達については話してないと?」
「ああ。言っただろう? わたしは敵じゃないと。クロバラから、ハイヴに潜入する計画については聞いている。つまりわたしは、協力者と考えてくれ」
「まさか。グランドクロスの一角が、我々に加担すると?」
「この国の将来を疑問視している者は、案外多いというわけだ」
敵ではなく、協力者。
同じ目的を持つ者として、デルタとシャルロッテは言葉を交わすものの。
「?」
ティファニーとレベッカは、未だによく分からないという表情をしていた。
「おい、そこの2人。まだ戦えるぞ、みたいな目で見るのは止めてくれないか?」
デルタには心が読める。
ゆえに、ティファニーとレベッカの危険性もよく分かっていた。
最初の攻撃と言い。
この2人は、手が出るのが異様に早い。
未だ、様子見をしている他のメンバーとは大違いである。
「わたしの名はデルタ。グランドクロスの1人であり。この間の夜、お前たちの飛行機を襲撃したのもわたしだ」
「あぁ!? 何だって?」
「そう怒るな。あの時に、そっちの隊長とコミュニケーションを取ってだな。……まぁつまり、クロバラとは面識があったわけだ」
自分の言葉が嘘ではないと、デルタは主張する。
「今さっきの戦闘は、ちょっとしたトラブルでな。よく分からん魔法少女と戦いになって。そいつが消えたと思ったら、次にレーツェンが現れたってわけだ」
「レーツェン? んだそりゃ」
「食べ物の名前。あるいは、人の名前デスね」
「……人の名前だ」
何も知らないアンラベルのメンバーに対して、デルタはその名前の意味を告げる。
「ヴィクトリア女王の側近にして。唯一、彼女の顔を見ることを許された存在、それがレーツェン。――この国の執政官。言うなれば、影の支配者だな」
女王の側近。
影の支配者。
そう呼ばれるほどの者が、表舞台に現れた。
「わたしとしても、完全に予想外だった。なんとかクロバラのことを誤魔化したかったが、彼女の前で下手な動きはできないからな。だからあくまで、北京から逃れてきた単独の魔法少女として、クロバラをレーツェンに報告した」
「……んで、隊長はどうなるんだよ」
「そう深刻に考える必要はない。この国は現在、強力な魔法少女を集めている最中だからな。高い魔力の持ち主なら、たとえ密入国者だとしても優遇される」
クロバラの身に危険はないと、デルタは説明する。
「それで、彼女からの伝言だが。”どのみち自分に出番はなかったから、当初の予定通り進めてくれ”、だそうだ」
もとよりクロバラは、ハイヴへの潜入計画に1人だけ入れない形になっていた。
ゆえに、計画を変える必要もない。
「最悪、決行の日には陽動で大暴れするくらいの雰囲気だったぞ?」
「なるほど。それは、確かに隊長らしいデスね」
デルタの言葉を、ようやく信じたのか。
ティファニーもレベッカも、物騒な魔力を引っ込めた。
「ったく。間抜けな隊長の代わりに、アタシらが頑張るしかねぇみたいだな」
クロバラが居なくとも、アンラベルは動き続ける。
◇
街の教会で、デルタとアンラベルが合流した頃。
この国の中心、女王の居城では。
「……」
「どうぞ、食事を」
静かで、重たい空気の中。
クロバラと、執政官レーツェンが、二人きりで会食を行っていた。