第102話 反逆者(3)
クロバラが、ハイヴの最深部、零領域へと送り込まれていた頃。
街の中心にある教会では。
「ぎゃはは。お前、鏡見てみろよ!」
「そういうティファニーさんこそ、なかなか酷いデスよ?」
アンラベルのメンバーであるティファニーとレベッカが、お互いに自分の化粧を見せ合っていた。
数日後に控えた、ハイヴへの潜入作戦。年齢的に幼いメンツは、軍の入隊試験に紛れ込むことに。けれども、ティファニーとレベッカの2人は、この国の新人魔法少女としては外見年齢がそぐわないため。
あえて年齢を上に見せることで、魔女、ワルプルギスの一員として振る舞おうとしていた。
2人とも性格は違えど、化粧に興味がなかったという点では同じなようで。
中々、酷いメイクを見せ合うことに。
そんな、2人のそばでは。
本来、ここに居るべきではない人物が。
「……」
グランドクロスが1人、デルタが静かに目を閉じ。
遥か遠方へと、耳を澄ませていた。
ティファニーとレベッカの声など、デルタの耳には入っておらず。
その意識が向けられるのは、遠い地下にある場所。
「動いた」
ハイヴの最深部の動きを、ここから探っていた。
(どういうことだ? なぜ、レーツェン1人で上がってくる)
零領域の内部は、デルタの能力でも探ることが出来ない。ゆえに、そこから出てきた人間の音を探るしか出来ないのだが。
来るときは一緒だったクロバラの音が、そこには存在しなかった。
零領域で何かがあったのか。あるいは、そこに残るべき理由が出来たのか。その詳しい事情までは、この距離では分からない。
デルタに出来るのは、ただレーツェンの動きを探ること。
(宮殿に入った。いつも通りだが、何かがおかしい?)
距離が離れているため、相手の思考を読むことまでは出来ない。それでもデルタは、いつもとの違いを感じていた。
そしてそれは、当たらずとも遠からずで。
『女王陛下、権威をお借りします』
初めて聞く言葉。
何かを、持ち上げる音。
その異様な状況に、デルタは耳を傾ける。
『――デルタ、どこに居ますか?』
「ッ」
探られていたのは、こちらも同じであった。
その魔力の揺らぎを、向こうの彼女も感じ取る。
『なるほど、教会ですか。ということは、ワルプルギスも裏切ったというわけですね。あぁ、何とも嘆かわしい』
レーツェンは、遠方よりデルタの居場所を察知し。
『クロバラさんのお仲間を、これから捕まえに行きます。あなたは、どちら側につくのですか?』
そう問いかけると、ゆっくりと歩み始めた。
目的地は当然、デルタのいる教会である。
なぜこうなったのか、理屈は分からない。
ただデルタは、冷静に判断を下すのみ。
「おい、お前たち。そのくだらない化粧ごっこは止めにしろ」
「あん? くだらねぇとは聞き捨てならねぇな」
「そうデス。ハイヴとやらに潜入するための、立派な訓練デスので」
2人はそう反論するものの、もはやそれに意味はない。
なんなら、化粧を落とす時間すら無いのだから。
「どうやら、クロバラがしくじったらしい。レーツェンがここにやって来る」
それは、あまりにも衝撃的な言葉。
レーツェンがここへ、この教会へとやって来る。
それはすなわち、あらゆる計画が無駄になったことを意味する。
「た、隊長は無事なんデスか?」
「それは分からん。だがまぁ、レーツェンに聞けば分かるだろう」
教会という場所がバレた。レーツェンの思考からして、ワルプルギスの魔女、そのものが裏切り者として認識された可能性もある。
すなわち、もはや逃げ道はない。
「その気になれば、軍を動かすことも可能だろうに。どういうわけか、やつはここに1人で向かっている」
「単独かよ。そのレーツェンってやつ、強いのか?」
「そうだな。わたし、グランドクロスの魔法少女と同等か、あるいはそれ以上かも知れん」
「マジかよ」
なにせ、ヴィクトリア女王と一緒に、200年以上も鍛錬を続けてきた魔法少女である。現代の魔法少女とは、比べ物にならない練度を誇るだろう。
それを知っているからこそ、デルタも警戒は怠らない。
レーツェンと正面から戦うのは得策ではないものの。どういうわけか彼女は、単独でここへ向かってきている。
そして今、この場所にはデルタの他に、アンラベルのメンバーたちも集まっている。
クロバラの安否を確かめるためにも、レーツェンから逃げるわけにはいかない。
「ここで、迎え撃つぞ」
今回の一件。そして、アンラベルのメンバーたちを守るために。
デルタは、反逆者となる道を選んだ。
◆
教会の前で、レーツェンとデルタ、2人の魔法少女が対峙する。
レーツェンは本当に1人で来たようで、護衛すら引き連れていない。
妙な点といえば、見慣れない杖のような物を持っていることか。
デルタの背後では、アンラベルのメンバーや、魔女たちといった面々が固唾をのんで見守っている。
まるで、空気が張り詰めるようだった。
「グランドクロスはおろか、軍の1つも動かさないとは。自分ひとりで、事をどうにか出来ると?」
デルタとて、レーツェンが本気になった姿など見たことがない。それすら、まともに戦った姿すらも。
それほどまでに、強大な力を持っているのだろうか
「ふむ。その口ぶりからすると、あなたはそちら側につくのですね、デルタ」
「あぁもちろん。クロバラたちをこの国に引き入れた時点で、なんとなく覚悟は出来ていたよ」
このような形で、レーツェンと戦うのは予想外であったが。
国と戦う覚悟は、すでに出来ている。
デルタは国そのものよりも、そこに暮らす人々の未来を重視していた。
「……クロバラは零領域に置き去り。重要な何かを奪うために、こいつらを人質にするつもりか」
「ええ。あなたは説明不要なので、ありがたいですね」
心を読める魔法少女、デルタ。
最上級の戦力を目の前にしつつも、レーツェンは余裕の表情を崩さない。
絶対に、負けることはないと。
それを可能にする力が、ここにあるのだから。
「なっ、まさか」
レーツェンの思考を読んで、デルタは衝撃を受ける。
その視線は、レーツェンの手に握られた杖へ。
それこそが、勝敗を分ける決定打。
「こういう力も有ると。そういえば、あなたには言い忘れていましたね」
「――お前たち、わたしから逃げろ!」
背後に控えているアンラベルの少女たちに、デルタはそう叫ぶも。
当然、彼女たちは瞬時に理解など出来ず。
「ここで待ち構えてくれて、ありがとうございます」
レーツェンが、杖の力を起動する。
すると、強烈な光が発生し。
その光を浴びたデルタが、仮面状態へと変化する。
望んでいないのに。まるで、強制的に力を引き出されたかのように。
その様子を見て、レーツェンは笑みをこぼす。
「女王の守護者よ、我が命に従いなさい」
彼女の声に応じるように。
デルタは無言で、その場でひざまずいた。
衝撃的な光景に、アンラベルのメンバーは言葉を失う。
「これは、ヤバいデスかね?」
「ああ。最悪かもな」
いち早く理解したレベッカとティファニーは、全身に魔力を纏い、戦闘モードに。
それに対するは、レーツェンと、その下僕。
「さぁ、反逆者たちを捕らえなさい」
その号令によって、デルタは動き出した。
◇
それはまるで、嵐のようだった。
激しい雷が放たれて、目標である相手に攻撃を。
けれどもその嵐の中で、仮面の少女、デルタは全ての攻撃を回避し。
攻撃者であるティファニーの元へ。
「横槍デス!」
デルタの突破を止めるべく、レベッカが間に入った。
ティファニーとレベッカの連携は巧みであり。
格闘技のレベッカと、雷撃のティファニー。双方の力が一つになり、デルタと応戦する。
「……」
だがしかし、相手は最上級の魔法少女、グランドクロス。
心を読むというデルタ固有の能力もあり、まるで有効打が入らない。
強烈な閃光で目眩ましをし、レベッカとティファニーは一旦体勢を整える。
「あぁ、クソ。こいつとまともにやり合うのは骨が折れるな」
「動きが全部先読みされて、イライラするデス」
クロバラやアイリを驚かすため、秘密裏に特訓したコンビネーションだが。
それでも、格の違いは明らかであった。
「とはいえ、後ろのチビ共じゃ流石にな」
メイリン、ルーシィ、ゼノビア。3人のメンバーが後ろに控えているものの、安易に戦いには参加させられない。
魔導デバイスがあれば、また戦術を構築できるのだが。
このレベルの魔法少女が相手では、正直足手まといであった。
「コンビネーション、1.2倍に上げられマスか?」
「あぁ? お前こそ、ついてこられるのか?」
2人の覚悟は決まった。
このコンビネーションなら、多少なりとも通用する。
だったら、より速く、より強くすればいい。
「行けやゴラァ!!」
ティファニーの放つ、強大な雷撃。
それを纏うような形で、レベッカはデルタに攻撃を仕掛けた。
先程よりも、凄まじい衝撃が発生。
もはや、常人の目には映らないほどの速度で。
レベッカとデルタが、互角の格闘戦を繰り広げる。
「……」
その様子を眺めながら。レーツェンは少々顔をしかめる。
想定ならば、簡単に制圧できたはず。
仮面状態のグランドクロスならば、並の魔法少女が束になっても敵わない。
だというのに、未だに手をこまねいている。
その状況に、苛立ちを。
「ふむ。思い入れのある建物ですが、仕方がありませんね」
教会を眺め、そうつぶやくと。
「デルタ、魔力全開。全てを吹き飛ばしなさい」
杖より信号が出され、命令がデルタに伝わる。
そんな事は、したくない。
けれども、仮面の力に抗うことが出来ず。
デルタはその手に、凄まじい魔力の濁流を。
空間が歪むほどに、力が満ちる。
標的は、目の前に広がる全て。
デルタの手から、破壊の衝撃波が放たれた。
人を吹き飛ばし、地面を八つ裂きに。
その衝撃は、街中へと轟き。
風が吹けば。
教会は、跡形もなく消えていた。
◇
デルタのもたらした破壊行為。それによって、教会を中心とした市街地は大きなダメージを受けていた。
まるで関係のない一般市民まで、怪我をしている者も。
何が起こったのか、理解できないという顔で。
そんな中、アンラベルのメンバーは、しっかりと受け身を取って無事であった。
この一ヶ月、伊達に訓練を受けてきたわけではない。
だがしかし、ゼロ距離で衝撃を受けたレベッカは、流石にこたえたようで。
全身傷だらけの上、耳からも血が流れていた。
「レベッカちゃん、大丈夫?」
「……?」
「クソッ、鼓膜をやられたな」
音を司る魔法少女、その本気を間近で受けたのである。
むしろ、意識があるだけでも大したもの。
「デバイスがあれば、治療もできるのに」
無い物ねだりをしても仕方がない。
敵がどれだけ強大だとしても、ここで引き下がることなど出来ない。
「レベッカがダウンとなると、アタシが体を張るしかねぇな」
ティファニーは奮起する。多少劣勢になった程度で、この戦いを諦めたりしない。
むしろ、下手に作戦を変えて逃げ惑ったりしたら、相手の思う壺である。
そんな彼女たちの様子を見て、レーツェンは感心する。
(言葉にしなくても、意識が通じ合っている。大した連携です)
レベッカ抜きのフォーメーションを組み。
彼女たちは、格上相手の戦法を実践する。
「アタシが矢面に立つ。テメェらは援護頼むぜ!」
戦えるメンバーの中では、ティファニーが一番の年長者である。多少の痛みなら、どうってことはない。
激しい雷を纏いながら、デルタと対峙する。
デルタの表情は仮面に隠れ、その心は伺いようがない。
操られているとはいえ、どこか悲しみを抱いているようだった。
音の衝撃波と、雷鳴が衝突する。
戦闘技術も、魔力強度も、デルタのほうが圧倒的に優れている。
当然のように、ティファニーの攻撃は掻き消されてしまう。
だがしかし、彼女は1人ではない。
攻撃の隙を埋めるように、他のメンバーたちが魔力弾による援護を。
少しでもティファニーの負担が減るように、彼女たちも死力を尽くす。
「……」
そんな双方の激しい攻防を、レーツェンは静かに眺める。
いかに人数差があろうと、魔力の絶対的な差は埋められない。このまま戦闘が続いていけば、アンラベルはいずれ敗北するだろう。
だがそれにしても、想像以上に効率が悪い。
圧倒的なデルタの力を、ティファニーを主体とした複合魔法で、ギリギリのところで踏みとどまっている。
矢面に立っているティファニーは、もちろん傷が増えていくものの。
タフか彼女のことである。そう簡単には沈まないだろう。
デルタが手を抜いているわけではない。命令によって強制的に戦わされているものの、動きも魔力も正常である。
それでも決定打に持ち込めないほど、アンラベルの連携が巧みなのだろう。
こんな戦いを延々と見続けられるほど、レーツェンも暇ではない。
ゆえに、命令を下す。
「デルタ、弱い奴を狙いなさい。後方に居るメンバー、あの金髪です」
レーツェンが指し示したのは、ルーシィであった。
命令を受けて、デルタの動きが変わる。
「うぉっ、テメェ!」
ティファニーを突破して、後方に控えたメンバーのもとへ。
無論それを止めようと、ティファニーの雷撃が放たれるものの。
後方からのそれを、デルタは容易に回避する。
そしてその手は、ルーシィのもとへと。
「えぇ!? わたし!?」
まさかの自分狙いに、ルーシィは咄嗟に身構えるものの。
すでにデルタの手には、破壊的な魔力が集っており。
その魔法は、残酷にも、
――当たる直前で、邪魔が入る。
「させません」
デルタの攻撃を弾いたのは、魔女、シャルロッテ。
まさかの横槍に、デルタの動きも止まる。
気がつけば、彼女だけではない。
教会に居た他のワルプルギスの魔女たちも、同じように戦闘態勢に入っていた。
アンラベルを守るために。
「……魔女風情が、国に、陛下に逆らうと?」
レーツェンの声が、怒りで震える。
「あなた方の独裁を許しては、この国の未来は歪んでしまう」
シャルロッテも、他の魔女たちも。
すでに、覚悟は決まっていた。
「……本当に、残念です」
まさか、ここまで否定されてしまうとは。
もはや説得は不可能と、レーツェンも判断する。
そこからは、一瞬であった。
たった一振り、杖を振っただけで。
ワルプルギスの魔女たちは、地面へと崩れ落ちた。
「……マジか」
その光景に、ティファニーは思わずつぶやく。
レーツェンがその気になれば、いつでもこの戦闘を終わらせることが出来る。
こちらの戦いをデルタに任せているのは、ただの気まぐれのようなもの。
この必死な抵抗も、彼女の手のひらの上で踊らされているだけ。
このままでは、どう足掻いても勝ちはない。
ここにいるメンバーだけでは。
「なにやってんだよ、クソガキぃ!」
この場に居ない隊長に対して、ティファニーは魂の叫びを。
すると、まるでそれに呼応するかのように。
遠方にて、強大な力が発生する。
それは天まで届く、真っ赤な魔力の輝き。
尋常ならざる、力の波動。
「……あれは、一体」
それは、レーツェンですら知らないもの。
全てを変える、新たなる光であった。