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第377話 判子

斜陽街番外地、砂屋。

シキは白紙の多い本を頭に、ふよふよと飛んでいた。

大分いろんな人に書いてもらった。

斜陽街には、まだまだ、たくさんの住人がいる。

シキは当てなんてなく飛んでいる。

たまたま行き着いたのが砂屋だ。

「ま、宣伝でも書いてもらうか」

シキは自分で納得すると、

すだれのかかった砂屋に入っていった。


砂屋は一言で言うとアジアン。

ただ、ちょっと無国籍が混じっている。

店の前にはすだれがかかっていて、

店の中には、区切られた器に入って砂が並んでいる。

青、赤、白黒さまざまの砂。

それが混ざることなく整然と並んでいる。

砂屋の主人はアジアの編み笠をかぶった男で、

砂を読むことが出来るらしい。

砂を読めば混じらせないことが出来るらしい。


「邪魔するよ」

シキが店に入ると、

ちりちりちりんと金属の音がする。

扉がないので、金属の棒がつるされたやつを置いているらしい。

「はいはい」

奥から砂屋の店主が顔を出す。

「ああ、お魚さん」

「よぉ」

「色の具合はどうですか?」

「すこぶるいい感じだ」

シキは以前ここで色をもらっている。

出所は不明だが、とてもいい色だった。

今もシキの身体できらきら息づいている色だ。

「それで、今日は何か?」

「この本に何か書いて欲しいんだ」

「本、ですか?」

砂屋が本を手にする。

ぱらぱらめくってうんうん頷く。

「なんでもありなんですね」

「そうなんだよ。どうだい一筆」

「そうですねぇ」

砂屋は店内を見渡した。

砂、砂、砂の店内だ。

「判子でどうでしょう」

「はんこ?」

「砂判子がありますから、それで」

「へぇ、どんなものなんだい?」

「ちょっと待ってくださいね」

砂屋は無造作に砂の器を手にする。

いくつかから少しずつ砂をつかむと、

手の中で混ぜ合わせる。

「よし、と」

砂屋は短く言うと、片手に砂を集めた。

「白紙のページならどこでもいいですか?」

「おうよ」

「では、失礼して」

砂屋は白紙のページを開くと、

集めた砂をぺちっと押し当てた。

ぐりぐりと押し込む。

そして、また、砂をはがす。

白紙だったページには、

かわいらしい金魚の判子が押された。

「砂の色を移す判子です」

砂屋が簡単に説明する。

「金魚は幸運を呼ぶといいます。縁起のいい判子です」

「なるほどな。ありがとよ」


シキは本をまた頭の上に乗せると、

斜陽街へと出て行った。

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