これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
プールは海になろうとしている。
水泳部の部員が顧問に連絡した。
職員室にいた顧問は、最初信じなかった。
それでも、プールまで引っ張られて信じざるを得なかった。
魚がクラゲが、波立つプールの中にいる。
まるで海だ。
そう思わざるを得ない。
「お前ら何をしたんだ?」
顧問は尋ねるが、
水泳部の部員は何もしていない。
そう答えるしかない。
怪獣のようなコンクリートの校舎。
古ぼけたコンクリートの校舎。
その下で、海が出来ている。
それしか理解できない。
顧問は考える。そして、
「とりあえず町役場に頼んでみるか」
「なんて言うんです?」
顧問は困った。
「プールが大変なんですと言うか」
水泳部はなんとも言えなかった。
彼らでも同じことしか言えないだろうと思った。
魚影すら見えるプールにたたずみ、
しばらくしたら町役場の職員がやってきた。
「遊園地の次はプールですか…」
ぼそぼそ言っていたが、すぐさま調査にかかる。
「海のようだということですね」
「はい、どこかから魚も現れたようで」
「はいはい」
町役場の職員数人で、水質や魚などの調査に当たる。
難しい顔をして調査をする。
顧問が、水泳部が、固唾を呑んで見守っている。
「理解できないことです」
町役場の職員がつぶやく。
「海の水をここに移したわけじゃないですよね」
「そんなことして何になるんですか」
顧問はちょっと怒った。
「いえいえ、怒らないでください」
「一体どんな結果が出たんですか」
「そうですねぇ」
町役場の職員が調査の結果を見る。
「あまりにも完璧に海です」
「はぁ?」
水泳部の部員がひっくり返った声を上げる。
「いえ、水質調査と魚の調査でしかありませんけど…」
「あまりにも海?」
「はい、完璧に海です。海と繋がっているとしか思えません」
「ここは町中のプールですけど」
「でも、調査結果は海です。結果だけですけど」
「ありえない」
「ありえないです。でも、現時点では…」
皆がプールを見る。
クラゲが浮いているし、魚影は見えるし、波も立っている。
「どう見ても海なのです」
顧問はため息をついた。
町役場の職員もため息をつく。
説明しようがない。
ここはもしかしたらねじれた海なのかもしれない。
「どうなっちゃうんだろうな」
水泳部の一人がつぶやいた。
誰もそれに答えられなかった。