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第384話 一口

斜陽街一番街、バー。

今日は妄想屋の夜羽と、バーのマスターがいる。

バーでたまに水を飲んでいるシキは、

本を持ってどこかに行っている。

有線の流れる、静かな店内だ。


カランカラン。

店の扉のベルがなる。

「おう」

入ってきたのは酒屋の店主だ。

インヤンマークのTシャツにジーンズ、

黒の釣鐘マントを羽織っている。

肩にはいつも大きなディバッグ。

その中に酒が入っているらしい。

「酒、おろしにきたで」

酒屋の店主がマスターに声をかける。

マスターがうなずいて、

カウンターの下からメモを取り出す。

おろしてもらう酒のリストだ。

「ふんふん…」

うなずきながら、酒屋の店主は、

ディバッグからひょいひょいと酒を取り出す。

何本入っているのかは不明だが、

重そうなそぶりはしていなかった。


「…っと、これで全部やな」

カウンター席に酒が並ぶ。

どれも新品のぴかぴかだ。

マスターは礼をすると、一本一本丁寧にしまい始めた。

「酒も本望やな」

酒屋はその様子をうれしそうに眺める。

「酒を愛するところにおろされて、酒も本望や」

酒屋の店主は、うんうんと一人でうなずいた。


「夜羽」

酒屋の店主が、夜羽に目線をうつす。

「何か?」

「少し飲めるか?」

「ええ、構いませんよ」

酒屋の店主は夜羽のボックス席にやってくる。

席に着くとディバッグから酒を取り出す。

「弟子に作ってもらったものや」

「お弟子さんが」

「味見てもらおうと思ってな」

「どれ、いただきます」

夜羽は自分のグラスに酒を注いで一口飲む。

ふわふわ広がる楽しいけれど悲しい感覚。

そして残る寂しさ。

ここの酒屋は建物から酒を作るらしいことを思い出す。

「どこかの廃墟ですね」

夜羽は感じたことを口にする。

「廃墟になってかなり経っている感じですね」

「やっぱりそうなるかぁ」

酒屋の店主も酒を飲む。

「楽しさの影がもう少し濃くなればええかな思うたけど」

「悪くない味ですよ」

「雑味が少しまじっとる。誰かおったな、これは」

「誰でしょうね」

夜羽は楽しそうに、もう一口を飲んだ。

雑味だろうか。

少し鋭い日本酒のような風味がした。


「これはどこのお酒ですか?」

「遊園地や…っていってたけどなぁ」

「遊園地ですか」

遊園地で鋭さを出せるとしたら誰だろう。

夜羽は勝手に考える。

「ま、のめのめ」

酒屋の店主が酒を注ぐ。

夜羽はありがたくいただいた。

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