斜陽街一番街、病気屋。
ペアチケットをもらった熱屋と病気屋は、
旅行の準備をしていた。
もともと、客なんてそんなに来ない。
ならば行ける時に行ってしまおう。
病気屋は押入れをごそごそして、
旅行用に使えそうな鞄を探す。
医者みたいな鞄ならたくさん出てくるが、
旅行用に使えそうなのは、なかなかでてこない。
奥まで探すと、ボストンバッグが一つ出てきた。
割と大きい。
「これでいいか」
埃を払う。
盛大にくしゃみを一つ。
「さて、あとは着替えか」
白衣なら何着もある。
清潔に保つためでもある。
でも、旅行となると白衣ではだめだろう。
カジュアルとまでは行かないにしても、
何か白衣でないもの…寝巻きくらいしかないかもしれない。
昔の服があるだろうか。
病気屋は奥の部屋で、たんすと格闘する。
「病気屋さん」
入り口で声がする。
熱屋の声だ。
「あー、入っていいよ」
病気屋は顔だけ向けると、熱屋を促した。
熱屋が店に入ってくる。
いつものシャツとジーンズの姿。
旅行だからと着飾るわけでもないらしい。
病気屋は自分が滑稽に思えてきた。
いつもの自分でいいじゃないか。
…でも、白衣で旅行はないよなぁ…
「荷物?」
熱屋が尋ねる。
「うん、白衣じゃまずいなと思って」
「どこに行くかにもよるじゃない」
「そうだけど」
「チケット見せて」
熱屋が言うので病気屋はチケットを取り出す。
熱屋はチケットをまじまじと見る。
「扉屋の扉から行くから、移動はそんなにないみたいよ」
「でもなぁ…」
「宿もコミみたいだし、気にすることないんじゃないかな」
「うーん」
病気屋はもっさりと着替えを見る。
全部白衣だ。
そうでなければ寝巻きだ。
あとは下着とか靴下とか。
「わたしは、白衣の病気屋さんが好きだけど」
熱屋はうつろにポツリとつぶやく。
病気屋は取り出しかけた靴下を落とす。
熱屋はそれに気がつかない。
「せっかくの旅行だもん、肩肘張らなくていいと思う」
「そう、かな」
「白衣の病気屋さんが、らしいと思う」
相変わらず熱屋は気がついていない。
病気屋は靴下をまとめたりばらしたりしている。
「荷物早くまとめようよ」
「あ、そうだな、はいはい」
病気屋は荷物をまとめだす。
白衣でもいいじゃないか。
かざらずの旅行でいいじゃないか。
病気屋は自然に笑みになった。