斜陽街の通りを、空飛ぶ魚のシキが飛んでいる。
頭には白紙の多い本を乗せて。
「いろいろ書いてもらえたけどなぁ」
シキは本をポンと路面に落として、
ひれを使って器用にめくる。
「まだ白紙が目立つなぁ」
シキはつぶやく。
ぺらぺらと本のページをめくる。
広告、宣伝、思ったこと。
何でもいいことなのに、なかなか埋まらない。
シキが本を眺めていると、子どもの声がかかった。
シキを見つけて、たくさん駆け寄ってくる。
きゃっきゃとはしゃいでいる。
その手には色鉛筆だ。
シキは一瞬ひるむ。
もみくちゃにされるかもしれない!
案の定もみくちゃにされる。
子どもたちは遠慮がない。
「うわっぷ、まてまて、一人一人順番に」
シキの声を、子どもたちは聞いていない。
てんでばらばらに本に落書きを始める。
本を破いたりしないらしいが、
浮いているシキはしたたかにもみくちゃにされた。
やがて、満足したらしい子どもたちは、
新しい遊びを探してどこかへ行ってしまった。
あとには疲れたシキと、
それにも負けない本が置かれていた。
「あー、びっくりした」
シキはふよふよと浮く。
そして、白紙まじりの本をぺらぺらとめくる。
「おおー」
さっきの子どもたちの怒涛の落書きが増えている。
何が書いてあるかはわからない。
記号にもされない、勢いのようなもの。
考えるだけで、見るだけで、
子どもたちの笑顔が浮かんできそうなもの。
「こいつは芸術だよ」
シキはひれでぺらぺらページをめくる。
笑顔らしい落書き、
車らしい落書き、
動物らしい落書き、
なんともつかない勢いの落書き、
宣伝やなんかもいいが、
こういった無邪気な芸術もいいなと感じた。
「子どもはいいなぁ」
シキはつぶやく。
さっきもみくちゃにされたのを思い出し、
ため息の一つが漏れる。
「でも、子どもっていいな」
シキは思いなおす。
枠組みにとらわれず、
ひたすら走り回る子ども。
生きるだけで芸術だ。
見よ、あの澄んだ瞳。
あの目はひたと明日を見ている。
哲学的に考えようとして、
「これって枠組みかなぁ…」
と、シキはぼやく。
子どもはそんなのも、ぶち壊すパワーがある。
どこの子どもだってそうだ。
みんな内側にすごい芸術を秘めている。
シキはふと、色のない頃を思い出した。
「どうしてるかな」
一言だけ、ポツリとつぶやいた。