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第387話 芸術

斜陽街の通りを、空飛ぶ魚のシキが飛んでいる。

頭には白紙の多い本を乗せて。

「いろいろ書いてもらえたけどなぁ」

シキは本をポンと路面に落として、

ひれを使って器用にめくる。

「まだ白紙が目立つなぁ」

シキはつぶやく。

ぺらぺらと本のページをめくる。

広告、宣伝、思ったこと。

何でもいいことなのに、なかなか埋まらない。


シキが本を眺めていると、子どもの声がかかった。

シキを見つけて、たくさん駆け寄ってくる。

きゃっきゃとはしゃいでいる。

その手には色鉛筆だ。

シキは一瞬ひるむ。

もみくちゃにされるかもしれない!

案の定もみくちゃにされる。

子どもたちは遠慮がない。

「うわっぷ、まてまて、一人一人順番に」

シキの声を、子どもたちは聞いていない。

てんでばらばらに本に落書きを始める。

本を破いたりしないらしいが、

浮いているシキはしたたかにもみくちゃにされた。


やがて、満足したらしい子どもたちは、

新しい遊びを探してどこかへ行ってしまった。

あとには疲れたシキと、

それにも負けない本が置かれていた。

「あー、びっくりした」

シキはふよふよと浮く。

そして、白紙まじりの本をぺらぺらとめくる。

「おおー」

さっきの子どもたちの怒涛の落書きが増えている。

何が書いてあるかはわからない。

記号にもされない、勢いのようなもの。

考えるだけで、見るだけで、

子どもたちの笑顔が浮かんできそうなもの。

「こいつは芸術だよ」

シキはひれでぺらぺらページをめくる。

笑顔らしい落書き、

車らしい落書き、

動物らしい落書き、

なんともつかない勢いの落書き、

宣伝やなんかもいいが、

こういった無邪気な芸術もいいなと感じた。


「子どもはいいなぁ」

シキはつぶやく。

さっきもみくちゃにされたのを思い出し、

ため息の一つが漏れる。

「でも、子どもっていいな」

シキは思いなおす。

枠組みにとらわれず、

ひたすら走り回る子ども。

生きるだけで芸術だ。

見よ、あの澄んだ瞳。

あの目はひたと明日を見ている。

哲学的に考えようとして、

「これって枠組みかなぁ…」

と、シキはぼやく。

子どもはそんなのも、ぶち壊すパワーがある。

どこの子どもだってそうだ。

みんな内側にすごい芸術を秘めている。


シキはふと、色のない頃を思い出した。

「どうしてるかな」

一言だけ、ポツリとつぶやいた。

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