これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
アキは海を渡った。
空を飛んで海を渡った。
やがて、港町が見える。
どのくらい飛んだのかはわからない。
でも、アキはずいぶん飛んだのだろう。
知らない町のようだ。
アキの捨てた過去とは多分違う町だ。
アキは高度を上げる。
上から町を見る。
穏やかな風に吹かれた、優しい港町だと感じた。
受け入れてくれるだろうか。
生まれ変わったと感じるアキを受け入れてくれるだろうか。
アキは不安と期待をまぜながら、高度を下げた。
港から程近い、崖のところをアキは飛んだ。
小さく双眼鏡が設置されているのが見える。
お金を入れると見えるタイプのものだろうか。
アキはそのあたりを飛んで、誰かがいることを見つけた。
「誰だろう」
アキはつぶやくと、崖の上へと近づいていった。
誰か、は、双眼鏡を覗いている。
海の向こうを見たいのだろうか。
何かを見つけたいのだろうか。
それとも、船に知り合いでもいるのだろうか。
アキはわからなかったが、その誰かに興味を持った。
アキは中空から双眼鏡の前へとやってくる。
誰か、は、突然見えなくなった双眼鏡にびっくりしたらしい。
大慌てでカチャカチャと動かす。
「こんにちは」
アキは声をかける。
そこでようやく、誰かは気がついたらしい。
そっと双眼鏡から目を離し、浮いているアキを見る。
「あたしはアキ。あなたは?」
アキはたずねる。
「僕はカヨ」
誰かはカヨと名乗った。
アキに驚いている風はない。
「カヨは何をしていたの?」
「どこまで遠くを見れるかと思ってた」
「どこまで見えた?」
「水平線ばっかりだ」
カヨはしかめっ面をした。
どこか幼さの残る、少年の顔だ。
アキはまじまじとカヨを見る。
どこからどう見ても少年。
10代の少年だ。
アキと同年代かもしれない。
アキも高校生だった気がする。
気がするだけかもしれない。
「アキは何なんだい?」
カヨが尋ねる。
「わかんない、生まれ変わったらしいよ」
アキは感じたままを答える。
「どこから来たの?」
「海の向こう」
「それは長旅だったね」
「そうでもないよ」
アキは答えながら思う。
カヨは空飛ぶアキを受け入れてくれている。
ここならきっと大丈夫。
この町でアキは生きていけるような気がした。
「この町にいてもいいかな」
「いいよ。僕が保障する」
カヨが微笑んだ。
アキも微笑み返した。