目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第390話 特別

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


アキは海を渡った。

空を飛んで海を渡った。

やがて、港町が見える。

どのくらい飛んだのかはわからない。

でも、アキはずいぶん飛んだのだろう。

知らない町のようだ。

アキの捨てた過去とは多分違う町だ。

アキは高度を上げる。

上から町を見る。

穏やかな風に吹かれた、優しい港町だと感じた。

受け入れてくれるだろうか。

生まれ変わったと感じるアキを受け入れてくれるだろうか。

アキは不安と期待をまぜながら、高度を下げた。


港から程近い、崖のところをアキは飛んだ。

小さく双眼鏡が設置されているのが見える。

お金を入れると見えるタイプのものだろうか。

アキはそのあたりを飛んで、誰かがいることを見つけた。

「誰だろう」

アキはつぶやくと、崖の上へと近づいていった。

誰か、は、双眼鏡を覗いている。

海の向こうを見たいのだろうか。

何かを見つけたいのだろうか。

それとも、船に知り合いでもいるのだろうか。

アキはわからなかったが、その誰かに興味を持った。

アキは中空から双眼鏡の前へとやってくる。

誰か、は、突然見えなくなった双眼鏡にびっくりしたらしい。

大慌てでカチャカチャと動かす。

「こんにちは」

アキは声をかける。

そこでようやく、誰かは気がついたらしい。

そっと双眼鏡から目を離し、浮いているアキを見る。

「あたしはアキ。あなたは?」

アキはたずねる。

「僕はカヨ」

誰かはカヨと名乗った。

アキに驚いている風はない。

「カヨは何をしていたの?」

「どこまで遠くを見れるかと思ってた」

「どこまで見えた?」

「水平線ばっかりだ」

カヨはしかめっ面をした。

どこか幼さの残る、少年の顔だ。

アキはまじまじとカヨを見る。

どこからどう見ても少年。

10代の少年だ。

アキと同年代かもしれない。

アキも高校生だった気がする。

気がするだけかもしれない。


「アキは何なんだい?」

カヨが尋ねる。

「わかんない、生まれ変わったらしいよ」

アキは感じたままを答える。

「どこから来たの?」

「海の向こう」

「それは長旅だったね」

「そうでもないよ」

アキは答えながら思う。

カヨは空飛ぶアキを受け入れてくれている。

ここならきっと大丈夫。

この町でアキは生きていけるような気がした。

「この町にいてもいいかな」

「いいよ。僕が保障する」

カヨが微笑んだ。

アキも微笑み返した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?