斜陽街番外地、扉屋。
熱屋と病気屋は、旅行鞄を持ってそこにやってきた。
入り口の扉を開ける。
その中に広がる、扉、扉、扉。
「相変わらずだなぁ」
病気屋がつぶやく。
「早く行こうよ」
熱屋がせかす。
病気屋が思う以上に、
熱屋は旅行を楽しみにしているのかもしれない。
「それじゃ、お邪魔します」
病気屋が扉屋の店内を歩く。
行先の扉を探す。
「これかな」
チケットに書かれた扉のガラと見比べる。
「これみたいだね」
熱屋もチケットを覗き込む。
「それじゃ、行ってきます」
病気屋が扉を開けて入っていった。
熱屋が続いて、扉を閉めた。
あとには、いつものように扉を作る扉屋が残った。
扉の向こうに病気屋と熱屋がやってきた。
病気屋は深呼吸する。
かすかに妙なにおいがする。
「来ちゃったね」
いたずらでもしたように、熱屋が微笑む。
ずいぶんそんな表情は見ていない気がした。
いつぶりだろう、こんな微笑を見るのは。
病気屋が戸惑っていると、熱屋は歩き出した。
「温泉街だね、ここは」
病気屋が続く。
宿が並んでいる。
和風で、古い、歴史ある温泉街なのかもしれない。
宿に混じってお土産屋もたくさん。
ちょっとした観光地なのかもしれない。
そうして病気屋は、嗅覚の違和感のもとに気がつく。
「硫黄か」
「なぁに?」
「うん、硫黄のにおいが少ししたから」
「温泉のにおいだね」
病気屋はうなずく。
「宿に行こう。どこの宿かチケットにあるかな」
「通りの奥らしいよ」
「まずは荷物を置きたいからな」
「温泉ってどのくらい気持ちいいのかな」
熱屋の足取りが弾む。
病気屋の脳裏に、きらきらした記憶がよみがえる。
熱屋が熱屋になる前の記憶。
熱屋が重い病気にかかる前の記憶。
熱屋が時を止める前の記憶。
変わらず熱屋は微笑めるじゃないか。
もっと早く旅行にでも誘えばよかったと、
病気屋は後悔をする。
「置いてくよ」
熱屋が先にたって歩いている。
「あ、饅頭だって」
「温泉街にはよくあるらしいな」
「熱いかな、おいしいかな」
試食の温泉饅頭に舌鼓を打ち、
白衣の病気屋と、ジーンズ姿の熱屋が歩く。
かすかな硫黄のにおいがする。
熱屋の足取りが弾んでいる。
病気屋が微笑む。
こうして旅行を引き当てて、
心底良かったなぁと思った。
「あ、宿あそこかな」
熱屋が指差す。
病気屋は後に続いた。