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第397話 執筆

斜陽街番外地、廃ビル。

まだ取り壊されない廃ビル。

斜陽街の番外地に、のっそりある廃ビル。

どうも以前は結婚式場だったらしい。

結婚式場の跡形が少し残っている。

それでも、在りし日の賑わいは薄い。


頭に本を乗せたシキは、

廃ビルにやってきた。

「詩人さんいるかな」

廃ビルにはいろいろな住人がいたが、

今、居ついているのは、詩人だ。

廃ビルの一室で、詩を書いているらしい。

シキはふよふよと飛んで、廃ビルに入っていった。


誰もいないビル。

結婚式場だった痕跡。

雅やかな部屋の名前。

埃をかぶっているけれど豪華な調度品。

入り組んでいる螺旋階段。

シキは遠い拍手を聞いたような気がする。

このビルの思い出なのかもしれない。


やがて、時計の音が聞こえ始める。

シキはそっちに向かってふよふよと飛ぶ。

新郎新婦の控え室。

そこに時計の音がする。

シキはノックする。

ノックといっても頭をちょっと打つ程度だ。

コン。

「あ、はいはい」

中から声がして、扉が開かれる。

聞こえる時計のカチカチという音。

そして、顔を出した詩人。

締め切りや期限もないのに、

いつも時計に急かされるように詩を書いている男だ。

上下ともに灰色の服。

その目は常に落ち着きがない。

何かおびえた感じもする。

自信もない感じがする。

そのくせ、この詩人の詩は、どこか遠くをつなげているという。

時計がそうさせているのかもしれない。


「よう!」

シキが挨拶する。

「あ、はい」

詩人が頭を下げる。

「景気はどうだい」

「悪くはないです」

詩人は答える。

何を持って景気なのかはよくわからない。

「ここに来たのは他でもない」

「はい」

「この白紙ばっかりの本の、ラストを詩人さんに書いてもらいたいんだ」

「えー!」

詩人が挙動不審になる。

おろおろする。

「誰かへ宛ててのメッセージみたいなのってどうだ?」

「あー、うー」

詩人があせる。

時計がカチカチコチコチなっている。

「ま、期限はないさ、書いてみてくれよ」

シキが頭の上の本を差し出す。

詩人は受け取った。


「やがて生まれし命に」

詩人はぼそっとつぶやく。

シキがぴくっと反応した。

「あ、どうしようどうしよう」

詩人がまたあせる。


シキは感じている。

どこかで生まれる命に宛てた本なのかもしれないと。

詩人がそれを感じていると、なんとなく思った。

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