斜陽街番外地、廃ビル。
まだ取り壊されない廃ビル。
斜陽街の番外地に、のっそりある廃ビル。
どうも以前は結婚式場だったらしい。
結婚式場の跡形が少し残っている。
それでも、在りし日の賑わいは薄い。
頭に本を乗せたシキは、
廃ビルにやってきた。
「詩人さんいるかな」
廃ビルにはいろいろな住人がいたが、
今、居ついているのは、詩人だ。
廃ビルの一室で、詩を書いているらしい。
シキはふよふよと飛んで、廃ビルに入っていった。
誰もいないビル。
結婚式場だった痕跡。
雅やかな部屋の名前。
埃をかぶっているけれど豪華な調度品。
入り組んでいる螺旋階段。
シキは遠い拍手を聞いたような気がする。
このビルの思い出なのかもしれない。
やがて、時計の音が聞こえ始める。
シキはそっちに向かってふよふよと飛ぶ。
新郎新婦の控え室。
そこに時計の音がする。
シキはノックする。
ノックといっても頭をちょっと打つ程度だ。
コン。
「あ、はいはい」
中から声がして、扉が開かれる。
聞こえる時計のカチカチという音。
そして、顔を出した詩人。
締め切りや期限もないのに、
いつも時計に急かされるように詩を書いている男だ。
上下ともに灰色の服。
その目は常に落ち着きがない。
何かおびえた感じもする。
自信もない感じがする。
そのくせ、この詩人の詩は、どこか遠くをつなげているという。
時計がそうさせているのかもしれない。
「よう!」
シキが挨拶する。
「あ、はい」
詩人が頭を下げる。
「景気はどうだい」
「悪くはないです」
詩人は答える。
何を持って景気なのかはよくわからない。
「ここに来たのは他でもない」
「はい」
「この白紙ばっかりの本の、ラストを詩人さんに書いてもらいたいんだ」
「えー!」
詩人が挙動不審になる。
おろおろする。
「誰かへ宛ててのメッセージみたいなのってどうだ?」
「あー、うー」
詩人があせる。
時計がカチカチコチコチなっている。
「ま、期限はないさ、書いてみてくれよ」
シキが頭の上の本を差し出す。
詩人は受け取った。
「やがて生まれし命に」
詩人はぼそっとつぶやく。
シキがぴくっと反応した。
「あ、どうしようどうしよう」
詩人がまたあせる。
シキは感じている。
どこかで生まれる命に宛てた本なのかもしれないと。
詩人がそれを感じていると、なんとなく思った。