これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
古いコンクリートの塊のような校舎、
その足元の学校のプール。
海になりつつあるらしいプール。
町役場で調べられたけれども、
原因が何にも特定されない、
魚影すら浮かぶプール。
このプールをよく使っていた、
水泳部員が、なんとなく集まる。
町のプールでかなり泳ぐが、
やっぱりこのプールが気にかかる。
一体どこまで海になってしまうんだろう。
立ち入り禁止になる前に、
見届けたい気持ちがあった。
「町役場もどうするんだろうな」
誰かがポツリと言い出す。
「立ち入り禁止にしたって、どうしようもないしな」
「学術何とかに使うとか」
「得体の知れない海プールを何に使うんだよ」
「そうだなぁ」
水泳部員たちで曖昧な話がなされる。
「そういえばさー」
「うん?」
「町役場に変な人がいたんだ」
「へんな?」
「怪獣の卵がどうしたとか言ってた」
「それもまた、変な人だな」
「だろ?」
「で、お前は何で町役場に?」
「できればこのプールで泳ぎたいかなー…って」
「お前も変だ」
「あ、やっぱし?」
水泳部員が笑いあう。
「最近地震も多いしさー、何かおかしいのかもな」
「かもなぁ」
「案外怪獣の卵がなんか起こしてたりして」
「それはないだろ」
「ないない」
「みんなで否定するなよー」
水泳部員が適当な話をしている間に、
プールは色彩を変えていく。
誰かが最初に気がついたらしい。
「おい」
「うん?」
「何か水の中覗けるのってないか?」
「なんでまた」
「プールがなんか変わってないか?」
どやどやと水泳部員がプールの端っこにやってくる。
見慣れたはずのプールには、
色とりどりの珊瑚が現れてきていた。
何年もかけて成長するはずの珊瑚が、
ついこの間から海になっているらしいプールに。
「誰かが投げ込んだわけでもないよな」
「本格的に泳げなくなっちまったな」
「町役場に相談するか?」
「今度は珊瑚ですって?」
「もう何が起きてもおどろかねぇよ」
「落ち着け、みんな落ち着け」
「お前が落ち着けよ」
誰かが深呼吸をする。
「いいか?ここはプールだよな」
「俺たちの学校のプールだ」
「クラゲで魚で波で珊瑚だ」
「落ち着けって」
「俺たちは、とんでもないものにめぐり合ったのかもしれないぞ」
水泳部員は沈黙する。
プールは海になって波を静かに立たせていた。