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第398話 珊瑚

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


古いコンクリートの塊のような校舎、

その足元の学校のプール。

海になりつつあるらしいプール。

町役場で調べられたけれども、

原因が何にも特定されない、

魚影すら浮かぶプール。

このプールをよく使っていた、

水泳部員が、なんとなく集まる。

町のプールでかなり泳ぐが、

やっぱりこのプールが気にかかる。

一体どこまで海になってしまうんだろう。

立ち入り禁止になる前に、

見届けたい気持ちがあった。


「町役場もどうするんだろうな」

誰かがポツリと言い出す。

「立ち入り禁止にしたって、どうしようもないしな」

「学術何とかに使うとか」

「得体の知れない海プールを何に使うんだよ」

「そうだなぁ」

水泳部員たちで曖昧な話がなされる。

「そういえばさー」

「うん?」

「町役場に変な人がいたんだ」

「へんな?」

「怪獣の卵がどうしたとか言ってた」

「それもまた、変な人だな」

「だろ?」

「で、お前は何で町役場に?」

「できればこのプールで泳ぎたいかなー…って」

「お前も変だ」

「あ、やっぱし?」

水泳部員が笑いあう。

「最近地震も多いしさー、何かおかしいのかもな」

「かもなぁ」

「案外怪獣の卵がなんか起こしてたりして」

「それはないだろ」

「ないない」

「みんなで否定するなよー」


水泳部員が適当な話をしている間に、

プールは色彩を変えていく。

誰かが最初に気がついたらしい。

「おい」

「うん?」

「何か水の中覗けるのってないか?」

「なんでまた」

「プールがなんか変わってないか?」

どやどやと水泳部員がプールの端っこにやってくる。

見慣れたはずのプールには、

色とりどりの珊瑚が現れてきていた。

何年もかけて成長するはずの珊瑚が、

ついこの間から海になっているらしいプールに。

「誰かが投げ込んだわけでもないよな」

「本格的に泳げなくなっちまったな」

「町役場に相談するか?」

「今度は珊瑚ですって?」

「もう何が起きてもおどろかねぇよ」

「落ち着け、みんな落ち着け」

「お前が落ち着けよ」

誰かが深呼吸をする。

「いいか?ここはプールだよな」

「俺たちの学校のプールだ」

「クラゲで魚で波で珊瑚だ」

「落ち着けって」

「俺たちは、とんでもないものにめぐり合ったのかもしれないぞ」


水泳部員は沈黙する。

プールは海になって波を静かに立たせていた。

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