これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
本屋の店員の女性が、
懐中時計を取り出す。
「あらいけない」
やっぱりぼんやりとつぶやく。
「何か?」
カモメがたずねる。
「これから母校の集まりがあるの」
女性が答える。
「あらら、そりゃいけない」
アカネが能天気に答える。
「帰らないとだめかな」
アオイがたずねる。
「本を見る分には自由よ」
言いながら、女性はレジ下から大荷物を取り出す。
「それ持ってくの?」
アカネがたずねる。
ものすごい大荷物だ。
「これは化粧品」
「けしょ…うそぉ!」
「本当よ、これ全部塗るの」
三人娘がびっくりするなか、
女性はてきぱきと化粧を始める。
寸分の狂いもない。
三人娘は、唖然とその様子を見ている。
「何か?」
女性がぼんやりと問いかける。
「なんというか、よく間違えないなぁって」
アオイがぼんやりと答える。
「これくらい、なんてことないわよ」
女性はぼんやりと笑う。
「母校のみんなもこの位しているわよ」
「どこですか、母校」
女性はこの町の母校を告げる。
コンクリートの老朽化が著しいという学校だ。
「母校の校舎もこの化粧と同じようなもの」
女性はさっと目元を彩る。
「化粧して取り繕っているようなもの」
女性の顔が見る見る見違える。
先ほどのぼんやりした女性が、
彩を添えて美女になっていく。
「みんなおんなじよ」
美女が微笑む。
化粧の技術がものすごいと思わせた。
「ハリウッドだね」
カモメが意味なくつぶやく。
「特殊メイクの領域ですよ」
アオイが意味をつけたした。
「ありがとう」
美女は魅力的に微笑んだ。
「どうしてそんなに化粧するの?」
アカネがたずねる。
「今度の集まりでは、学園祭のこともあるらしいの」
「それで?」
「少しでも目立たずに美女でいるために」
「目立たずに?みんな化粧しているから?」
カモメがたずねる。
美女はうなずく。
「みんなものすごい化粧だから、化粧しないと浮いちゃうのよ」
「なるほど」
アオイがうなずく。
「いけない、そろそろ行かなくちゃ」
美女はあわてる。
ぼんやりしたあわて方が、
化粧していない頃の女性を髣髴とさせた。
「よければ学園祭においで」
美女は三人娘を誘い、
魅力的に微笑むと本屋を出て行った。