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第399話 化粧

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


本屋の店員の女性が、

懐中時計を取り出す。

「あらいけない」

やっぱりぼんやりとつぶやく。

「何か?」

カモメがたずねる。

「これから母校の集まりがあるの」

女性が答える。

「あらら、そりゃいけない」

アカネが能天気に答える。

「帰らないとだめかな」

アオイがたずねる。

「本を見る分には自由よ」

言いながら、女性はレジ下から大荷物を取り出す。

「それ持ってくの?」

アカネがたずねる。

ものすごい大荷物だ。

「これは化粧品」

「けしょ…うそぉ!」

「本当よ、これ全部塗るの」

三人娘がびっくりするなか、

女性はてきぱきと化粧を始める。

寸分の狂いもない。

三人娘は、唖然とその様子を見ている。


「何か?」

女性がぼんやりと問いかける。

「なんというか、よく間違えないなぁって」

アオイがぼんやりと答える。

「これくらい、なんてことないわよ」

女性はぼんやりと笑う。

「母校のみんなもこの位しているわよ」

「どこですか、母校」

女性はこの町の母校を告げる。

コンクリートの老朽化が著しいという学校だ。

「母校の校舎もこの化粧と同じようなもの」

女性はさっと目元を彩る。

「化粧して取り繕っているようなもの」

女性の顔が見る見る見違える。

先ほどのぼんやりした女性が、

彩を添えて美女になっていく。

「みんなおんなじよ」

美女が微笑む。

化粧の技術がものすごいと思わせた。


「ハリウッドだね」

カモメが意味なくつぶやく。

「特殊メイクの領域ですよ」

アオイが意味をつけたした。

「ありがとう」

美女は魅力的に微笑んだ。

「どうしてそんなに化粧するの?」

アカネがたずねる。

「今度の集まりでは、学園祭のこともあるらしいの」

「それで?」

「少しでも目立たずに美女でいるために」

「目立たずに?みんな化粧しているから?」

カモメがたずねる。

美女はうなずく。

「みんなものすごい化粧だから、化粧しないと浮いちゃうのよ」

「なるほど」

アオイがうなずく。


「いけない、そろそろ行かなくちゃ」

美女はあわてる。

ぼんやりしたあわて方が、

化粧していない頃の女性を髣髴とさせた。

「よければ学園祭においで」

美女は三人娘を誘い、

魅力的に微笑むと本屋を出て行った。

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