これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
カヨのいる崖の上に、
アキは着陸する。
カヨはまじまじとアキを見つめる。
「見たことない制服だね」
「そうかもね」
「海の向こうだもんね」
「うん」
アキは微笑む。
カヨの邪気ない問いが心地いい。
「それじゃ聞いたことあるかな」
「ちょっと、記憶は薄れているけど」
「うーん、じゃあ覚えてたらでいいけど」
カヨはまじめな顔になる。
「世界一の探偵って知っているかい?」
アキは自分の記憶をフル回転させる。
見たことのある景色ない景色。
アキが飛んだ海のようにくるくる回る。
何で見たことないのまで回るんだろう。
アキの記憶がくるくる回る。
「ごめん、わかんないや」
アキは一通り記憶を回して、
カヨにそう答える。
「うん、いいんだ」
カヨも気にしていないらしい。
「風の噂を聞いたんだ。世界一の探偵がいるらしいって」
「風の噂?」
「うん、世界一の探偵がどこかにいるって」
「どんな探偵なの?」
「なんでも勘が導いてくれるんだって」
「それは世界一だね」
「そうだろう?」
カヨが邪気なく笑う。
「逢いたいんだ。その、世界一の探偵に」
「逢ってどうするの?」
「夢のありかを聞くんだ」
「夢の?」
アキはたずねる。
「僕は夢を見ない」
カヨが告げる。
「夢を見ない僕の夢が、どこかにあるはずだと思うんだ」
「眠らないの?」
「眠るけれども夢だけがないんだ」
アキは思う。
それはとても空虚なものではないだろうか。
眠れども何もないのは、
アキにはつらい気がした。
「カヨの夢はどこにあるだろうね」
「わからない、けれど、夢のありかも」
「世界一の探偵ならわかるって?」
「うん、そう思うから探しているんだ」
「求人広告とか」
「それはだめだったよ」
カヨは苦笑いする。
「われこそは世界一って言うのがいっぱいだった」
「ありゃあ」
アキは大げさに驚く。
カヨは微笑んだ。
こんなに邪気なく微笑めるのに、
この少年には夢がない。
「飛び出そう」
アキは知らずそうつぶやいていた。
「この崖を飛び出して、探偵を探そう」
「どうすればいいんだい?」
「あたしにつかまって。二人なら飛べる」
「信じていいんだね」
「信じて。飛べると」
「うん」
カヨはアキの手を握る。
二人は崖を飛び降りた。