どこかの扉の向こうの温泉街で、
病気屋と熱屋が宿にやってきた。
「こりゃ歴史がありそうだ」
病気屋がつぶやく。
出迎えたものにチケットを見せると、
納得してもらえたらしく、部屋へと通される。
「旅館の中なら浴衣で歩いても結構ですよ」
そういわれ、病気屋はあらためて自分の白衣を思う。
浴衣なら、ちょっとは温泉街に馴染むかもしれない。
小ぢんまりした部屋に、病気屋と熱屋は案内され、
荷物を置いた。
「ぜひ温泉を楽しんでくださいな」
案内の者にそう言われ、うなずいて二人は足を伸ばした。
「長旅じゃないけど、なんだか気持ちがのびるなぁ」
「扉屋でひとくぐりだからな」
「列車の旅とかすれば、もっと気持ちいいのかな」
「わからんなぁ」
「いつか行こうよ、長旅」
熱屋の目が輝く。
少女と女性の間で止まった、
いつもうつろな熱屋の目が、
この旅で輝いている。
「旅が好きなのか?」
病気屋が問いかける。
「わかんない、お仕事としてのお店も好き」
「そんなに目を輝かせたのは、ずいぶん見ていなかったぞ」
「そうかなぁ?」
熱屋はゆっくり首をかしげる。
その仕草はいつもの斜陽街の熱屋だ。
病気屋は柄にもなく、どきどきする。
隣同士でいつも顔を合わせていたのに、
いつもと違う熱屋がそこにいる。
「温泉行こうよ」
「あ、ああ、そうだな」
二人は浴衣に着替え、宿の温泉へと向かった。
男女と別れたところを入って、
病気屋は温泉を堪能する。
一方の熱屋も温泉を堪能する。
「すごい熱の使い放題ね」
熱屋は自分の店の熱カプセルに換算して考えようとする。
すぐにやめた。どうしようもない。
うんと手と足を伸ばす。
硫黄のかすかなにおいが心地いい。
熱屋は病気屋のことを思う。
気がついてくれただろうか。
病気屋がいるから楽しいんだということを。
目が輝いているとしたら、
病気屋が一緒だから輝くんだということを。
熱屋には説明の出来ない感じだけれど、
温泉よりももっと深いところで、
病気屋がいつも熱屋をあたためてくれている。
いつも、いつも。
熱屋には扱えない熱なのだ。
「きもちいいね」
熱屋はつぶやく。
温泉は確かに気持ちいい。
古い宿に一緒なのももちろんいいかもしれないが、
何より病気屋を独り占めだ。
そこまで考えが至り、熱屋はひっそり笑う。
これは独占欲というものによく似ている。
熱屋は温泉でそんなことを思った。