頭に本を乗せたシキは、
斜陽街を回る。
真っ白だった本は、
さまざまの書き込みでいっぱいになる。
芸術的な落書き、普通の宣伝、アートな一言、
斜陽街の住人が好き勝手に書いた、
それは斜陽街の本となりつつあった。
シキはその本を大切に頭に乗せて、
ふよふよと斜陽街を回る。
これは大切な本だとシキは感じている。
コピーなど効かない、とても大切な本だと。
意味を聞かれてもシキは答えられないだろう。
ただ、誰か大切な人に贈るためのような、
とても大切な、ただ一冊の本。
それを仕上げるような気がした。
シキはふよふよと飛ぶ。
バランスをとって、頭の上の本を落とさないように。
シキは大切な誰かを思い出す。
シキがいろんなことを伝えた誰か。
今どうしているだろう。
そして、本の数々の書き込みを思う。
落書きだって、誰かに伝えるための言葉。
伝わって欲しい、大切な誰かに。
斜陽街という街で、
みんなこんなこと思って生きているんだということを、
シキはこの本で伝えたいと思った。
シキはバーの前にやってくる。
ちょうど合成屋が帰るところらしい。
「あれ、シキさん」
合成屋も気がついたようだ。
「よぉ」
シキがひれを揺らして挨拶する。
「その本は何ですか?」
「大切な人に伝える、大切な本さ」
シキは我ながらキザだと思った。
まぁ、それも悪くないかと思い直す。
「見せてもらってもいいですか?」
「いいぜ」
合成屋が義手に本を受け取る。
ぱらぱらめくる。
「すごいなぁ、みんなの書き込みじゃないですか」
「斜陽街回って書いてもらったのさ」
「書いてもいいですか?」
「ああ、空きがあったらどこでも」
「はい」
合成屋は黒のローブの中から、ペンを取り出す。
どこかのページを開いて、なにやら書き込む。
シキが覗き込む。
「物も足し算が出来ます。合成したい人は合成屋へ、かぁ」
「宣伝ですけどね」
「いいじゃないか」
合成屋は書き込みを終えると、本を閉じ、シキの頭にまた乗せた。
「空きは、あと少しみたいですよ」
「そうらしいな」
「あと誰か書いてない人いますか?」
「さぁ、店持ちはほとんど書いてあるんだがな」
シキがとんとんと頭の上で本のバランスを取る。
「なんというか」
シキがなんとなくつぶやく。
「斜陽街のみんなが書き込んだとき、この本は斜陽街の本になれる気がするんだ」
シキは勝手に納得すると、斜陽街を回りに飛んでいった。