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第407話 大切

頭に本を乗せたシキは、

斜陽街を回る。

真っ白だった本は、

さまざまの書き込みでいっぱいになる。

芸術的な落書き、普通の宣伝、アートな一言、

斜陽街の住人が好き勝手に書いた、

それは斜陽街の本となりつつあった。


シキはその本を大切に頭に乗せて、

ふよふよと斜陽街を回る。

これは大切な本だとシキは感じている。

コピーなど効かない、とても大切な本だと。

意味を聞かれてもシキは答えられないだろう。

ただ、誰か大切な人に贈るためのような、

とても大切な、ただ一冊の本。

それを仕上げるような気がした。


シキはふよふよと飛ぶ。

バランスをとって、頭の上の本を落とさないように。

シキは大切な誰かを思い出す。

シキがいろんなことを伝えた誰か。

今どうしているだろう。

そして、本の数々の書き込みを思う。

落書きだって、誰かに伝えるための言葉。

伝わって欲しい、大切な誰かに。

斜陽街という街で、

みんなこんなこと思って生きているんだということを、

シキはこの本で伝えたいと思った。


シキはバーの前にやってくる。

ちょうど合成屋が帰るところらしい。

「あれ、シキさん」

合成屋も気がついたようだ。

「よぉ」

シキがひれを揺らして挨拶する。

「その本は何ですか?」

「大切な人に伝える、大切な本さ」

シキは我ながらキザだと思った。

まぁ、それも悪くないかと思い直す。

「見せてもらってもいいですか?」

「いいぜ」

合成屋が義手に本を受け取る。

ぱらぱらめくる。

「すごいなぁ、みんなの書き込みじゃないですか」

「斜陽街回って書いてもらったのさ」

「書いてもいいですか?」

「ああ、空きがあったらどこでも」

「はい」

合成屋は黒のローブの中から、ペンを取り出す。

どこかのページを開いて、なにやら書き込む。

シキが覗き込む。

「物も足し算が出来ます。合成したい人は合成屋へ、かぁ」

「宣伝ですけどね」

「いいじゃないか」

合成屋は書き込みを終えると、本を閉じ、シキの頭にまた乗せた。

「空きは、あと少しみたいですよ」

「そうらしいな」

「あと誰か書いてない人いますか?」

「さぁ、店持ちはほとんど書いてあるんだがな」

シキがとんとんと頭の上で本のバランスを取る。

「なんというか」

シキがなんとなくつぶやく。

「斜陽街のみんなが書き込んだとき、この本は斜陽街の本になれる気がするんだ」

シキは勝手に納得すると、斜陽街を回りに飛んでいった。

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