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第408話 名所

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


水泳部が泳げなくなって、

町役場は海になりつつあるプールについて、

一つの案を出してきた。

それは、海を体感できる名所にしてしまおうという案だ。

水泳部員は、最初違和感を感じた。

タイムをはじき出していたプールが、

なんだかわからない理由で名所にされてしまうという。

自分たちが掃除して、日常を過ごした場所が、

海という非日常になるという。

かといって、海になってしまっているプールを、

普通のプールに戻す術を水泳部員は持っていない。

おとなしく名所にでもなんにでもするべきかと思った。


町のプールで泳いできて、

水泳部員が学校の海プールに集う。

タイムがどうしただの、フォームがどうしただの語り合う。

まるで以前のプールで泳いだかのように。

海になっているプールに、プールだった頃の記憶を聞かせるように。

近いうちに海を感じられる名所になっても、

タイムを競い合った場所を忘れて欲しくないように。

「プールが俺たちを忘れても、俺たちは忘れないから」

プールには魚影が見えて、珊瑚が底に沈んでいる。

そこだけ切り取れば完璧な海だ。

「名所になってみんなが泳いでも、学校のプールだったんだから」

プールは波を立たせる。

潮の匂いが確かにする。


「俺たちはどうして海になったのかを知らないよ」

「うん」

「そうだな」

「でも、何か理由はきっとあったんだろうよ」

「それこそ怪獣の卵かもな」

「わかんないけど、そうかもしれないな」

「珊瑚まで出てきてるから、すぐには戻らないかもしれないけど」

「うん」

「いつかまた、ここでタイム競ってもいいかなと思うよ」

地震がくらりとする。

プールが何かが答えた気がする。

何がどうなってそんな感じになるのか、

水泳部員はその言葉を持たない。

地震とプールと海と、ついでに怪獣の卵という変な話。

水泳部員は全部つなげて考えるなんて出来ない。

でも、なんだか繋がっている気もする。

誰かが小耳に挟んだだけの怪獣の卵。

そのくらい突飛なものでもないと、説明がつかない海プール。


「いつか怪獣の卵が片付いたら」

「うん」

「プールも元に戻るかな」

「そんとき町役場はどうするかな」

「名所案が廃案になるだけだろ」

水泳部員はプールを見つめていた。

いつかまた泳ぎたい。

願いをこめて、ずっと見ていた。

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