これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
水泳部が泳げなくなって、
町役場は海になりつつあるプールについて、
一つの案を出してきた。
それは、海を体感できる名所にしてしまおうという案だ。
水泳部員は、最初違和感を感じた。
タイムをはじき出していたプールが、
なんだかわからない理由で名所にされてしまうという。
自分たちが掃除して、日常を過ごした場所が、
海という非日常になるという。
かといって、海になってしまっているプールを、
普通のプールに戻す術を水泳部員は持っていない。
おとなしく名所にでもなんにでもするべきかと思った。
町のプールで泳いできて、
水泳部員が学校の海プールに集う。
タイムがどうしただの、フォームがどうしただの語り合う。
まるで以前のプールで泳いだかのように。
海になっているプールに、プールだった頃の記憶を聞かせるように。
近いうちに海を感じられる名所になっても、
タイムを競い合った場所を忘れて欲しくないように。
「プールが俺たちを忘れても、俺たちは忘れないから」
プールには魚影が見えて、珊瑚が底に沈んでいる。
そこだけ切り取れば完璧な海だ。
「名所になってみんなが泳いでも、学校のプールだったんだから」
プールは波を立たせる。
潮の匂いが確かにする。
「俺たちはどうして海になったのかを知らないよ」
「うん」
「そうだな」
「でも、何か理由はきっとあったんだろうよ」
「それこそ怪獣の卵かもな」
「わかんないけど、そうかもしれないな」
「珊瑚まで出てきてるから、すぐには戻らないかもしれないけど」
「うん」
「いつかまた、ここでタイム競ってもいいかなと思うよ」
地震がくらりとする。
プールが何かが答えた気がする。
何がどうなってそんな感じになるのか、
水泳部員はその言葉を持たない。
地震とプールと海と、ついでに怪獣の卵という変な話。
水泳部員は全部つなげて考えるなんて出来ない。
でも、なんだか繋がっている気もする。
誰かが小耳に挟んだだけの怪獣の卵。
そのくらい突飛なものでもないと、説明がつかない海プール。
「いつか怪獣の卵が片付いたら」
「うん」
「プールも元に戻るかな」
「そんとき町役場はどうするかな」
「名所案が廃案になるだけだろ」
水泳部員はプールを見つめていた。
いつかまた泳ぎたい。
願いをこめて、ずっと見ていた。