これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。
どこかの扉の向こうの世界の物語。
アキは飛んだ。
カヨと手をつないで。
「飛んでる…」
カヨがつぶやく。
「うん、飛んでるよ」
アキが答える。
「世界一の探偵はどこにいるだろうね」
「風が噂を運んでくれるよ、それをしらみつぶしにあたろう」
カヨが答える。
「そうか、風の噂なんだね」
「そうだよ」
アキも風の噂話を聞くのは初めてだ。
でも、それが一番の近道である気がした。
カヨは崖の上で風の噂話を聞いていたのかもしれない。
今はもっと噂話が聞きやすい空にいる。
きっと届くはず。
世界一の探偵の居場所が、きっと届くはず。
「まずい、逃げたか」
崖から大人の声がする。
「逃がすな!追え!」
ガラの悪い大人の声だ。
「カヨ、あれは?」
アキがたずねる。
「あれはマフィアだよ。僕の夢をずっと狙っている」
「戦う力はないよ」
「逃げよう、アキ、そして、風の噂を聞くんだ」
「わかった」
アキはカヨの手を引いたまま、空を飛ぶスピードを上げる。
アキの耳でさわさわと何かが聞こえる。
「風の噂が聞こえ始めてる」
カヨがその現象を説明する。
「これが風の噂」
「うん、このくらい空にいればいろいろ届くはず」
「わかった」
アキはスピードを上げる。
マフィアが追ってくる。銃を持っているようだ。
アキは高度を上げようとする。
「あまり高度を上げると噂が届かないよ」
「マフィアが銃を持っているよ」
「もう少し、もう少しで何かが聞こえるんだ」
アキはうなずく。
「わかった、手だけは離さないでね」
「うん」
カヨは集中する。
アキはマフィアの目をくらまそうと空を飛ぶ。
カヨがいなければ無茶も出来るかもしれない。
アキの耳にも風の噂が届く。
聞き覚えのない町の噂がたくさん。
アキではよくわからない。
「斜陽街」
カヨがつぶやく。
「しゃようがい?」
「うん、斜陽街の探偵が世界一の探偵かもしれないって噂が届いた」
「行ってみる?」
「うん、場所は扉の向こうだって話だ」
「どこの扉?」
カヨは指差す。
そこには扉が一枚。
でも、そこに行くには高度を下げて、
マフィアの目をかいくぐらないといけない。
「行けるかい?」
カヨが尋ねる。
アキは答える。
「やれるだけやるよ」
アキは思いっきり高度を下げる。
マフィアがずかずかと追ってくる。
アキとカヨは一枚の扉を目指した。