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第419話 絵本

シキは頭に本を乗せてふよふよ飛ぶ。

そして、廃ビルへとやってきた。

以前シキの相棒がいった場所。

ものすごい夕焼けが見られる場所だ。

シキは鍵のかかっていない扉を開け、

屋上へとやってきた。

赤い赤い空。

斜陽街でなぜかここでしか見られない空。

赤だけでなく、さまざまの色が混じっているのかもしれない。

あの時赤い色をもらった夕焼け。

シキも本も赤く染まる。

空飛ぶ魚は泣かない。

けれど、なんだか思い出そうとすると、

楽しいことばかりなのに心のどこかが痛くなる。


「元気か?」

シキは夕焼けに向かって呼びかける。

生まれたであろう、あのときの相棒に向かって。

もう、覚えていないかもしれない。

「なぁ、俺はまだ斜陽街にいるんだ」

シキは一人で語る。

「覚えていたらまた歩こうってさ、勝手に約束したけどさ」

赤い夕焼けがシキを照らしている。

永遠のような夕焼け。

「いつまでもここにいるからさ、待ってるからさ」

シキは呼びかける。

「また、斜陽街を歩けたら、俺は」

シキは言葉を区切る。

次の言葉が出てこない。

シキの中で言葉が形を持たずに渦巻く。

何を伝えたらいいだろう。

斜陽街を歩けたら、

「歩けたら、俺は、きっと幸せだ」

シキは形にする。

一番心にあっているかもしれない言葉。

もっといい言葉もあったかもしれない。


「なぁ」

シキが夕焼けに向かって呼びかける。

「本を作ったんだ、斜陽街の本さ」

シキは頭の上の本を、誇らしげに揺らす。

「斜陽街のみんなが書いたんだ。落書きも宣伝もいっぱいさ」

真っ赤に照らされるなか、白い表紙の本も赤く照らされる。

最初から赤かったのかのように。

「ここからならお前に届くかな」

廃ビルの屋上で、ものすごい夕焼けの中、

シキはトントンと本のバランスを取って頭の上に乗せている。

「斜陽街ってこんな町なんだと、いつかお前に届けたいんだ」

シキは、トン、と、弾みをつけて本を下から小突いた。

「ここからなら届く、俺は信じてる」

また、本を小突く、さっきより力と願いをこめて。

頭で小突かれた本は、ふわりと浮かぶ。

そして、ものすごい夕焼けに溶けるように、消えた。

「行ったか」

シキはつぶやく。


『通り雨が来ると、本が増えるのよ』

シキはふと、そんな声を耳にした。

相棒がいった夕焼けの中、どこかからの声が聞こえたのかもしれない。

「斜陽街でまた逢おうな」

シキの魚の耳に、小さく笑い声が聞こえた。

シキはそれをよしとした。

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