シキは頭に本を乗せてふよふよ飛ぶ。
そして、廃ビルへとやってきた。
以前シキの相棒がいった場所。
ものすごい夕焼けが見られる場所だ。
シキは鍵のかかっていない扉を開け、
屋上へとやってきた。
赤い赤い空。
斜陽街でなぜかここでしか見られない空。
赤だけでなく、さまざまの色が混じっているのかもしれない。
あの時赤い色をもらった夕焼け。
シキも本も赤く染まる。
空飛ぶ魚は泣かない。
けれど、なんだか思い出そうとすると、
楽しいことばかりなのに心のどこかが痛くなる。
「元気か?」
シキは夕焼けに向かって呼びかける。
生まれたであろう、あのときの相棒に向かって。
もう、覚えていないかもしれない。
「なぁ、俺はまだ斜陽街にいるんだ」
シキは一人で語る。
「覚えていたらまた歩こうってさ、勝手に約束したけどさ」
赤い夕焼けがシキを照らしている。
永遠のような夕焼け。
「いつまでもここにいるからさ、待ってるからさ」
シキは呼びかける。
「また、斜陽街を歩けたら、俺は」
シキは言葉を区切る。
次の言葉が出てこない。
シキの中で言葉が形を持たずに渦巻く。
何を伝えたらいいだろう。
斜陽街を歩けたら、
「歩けたら、俺は、きっと幸せだ」
シキは形にする。
一番心にあっているかもしれない言葉。
もっといい言葉もあったかもしれない。
「なぁ」
シキが夕焼けに向かって呼びかける。
「本を作ったんだ、斜陽街の本さ」
シキは頭の上の本を、誇らしげに揺らす。
「斜陽街のみんなが書いたんだ。落書きも宣伝もいっぱいさ」
真っ赤に照らされるなか、白い表紙の本も赤く照らされる。
最初から赤かったのかのように。
「ここからならお前に届くかな」
廃ビルの屋上で、ものすごい夕焼けの中、
シキはトントンと本のバランスを取って頭の上に乗せている。
「斜陽街ってこんな町なんだと、いつかお前に届けたいんだ」
シキは、トン、と、弾みをつけて本を下から小突いた。
「ここからなら届く、俺は信じてる」
また、本を小突く、さっきより力と願いをこめて。
頭で小突かれた本は、ふわりと浮かぶ。
そして、ものすごい夕焼けに溶けるように、消えた。
「行ったか」
シキはつぶやく。
『通り雨が来ると、本が増えるのよ』
シキはふと、そんな声を耳にした。
相棒がいった夕焼けの中、どこかからの声が聞こえたのかもしれない。
「斜陽街でまた逢おうな」
シキの魚の耳に、小さく笑い声が聞こえた。
シキはそれをよしとした。