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第423話 良否

斜陽街一番街。

酒屋はいつものように営業している。

酒屋の主人は、へんてこな関西弁を使う男で、

弟子が一人いる。

弟子は最近少しずつ酒を作る腕を磨いており、

酒屋の主人は、そんな弟子の成長を見守っている。


酒を作る方法。

斜陽街ではよく知れ渡っているが、

場所に残った思いを、酒瓶にくゆらせて酒にするのだ。

血筋なのか技術なのかはわからないが、

斜陽街以外で聞かないところからすると、

ちょっと変わった能力ではあるらしい。


今日は弟子がどこかへ酒作りに出かけている。

扉屋に行けば大抵どこかとはつながっている。

あとは良質の酒が作れそうな場所の予感。

それさえあれば失敗はしないし、

もう、弟子は半人前以上には成長しているかと、

酒屋の主人は思う。


店の前を軽く掃除。

並べられている酒瓶を掃除。

すっきりしたところで、水を飲むように酒を飲む。

売り物ではないが、

貴重というわけでもない。

それこそ水のようにあふれる思いから作られた酒。


「ただいまー」

弟子が重たそうに風呂敷を担いで帰ってくる。

「おう、帰ったか」

「はい、いっぱい作ってきました」

「数こなすのもええけどな、質もよくないとあかんで」

「わかってますけど、とにかく夢中で」

「まぁええわ。どれからいく?」

「ええと…」

弟子は風呂敷包みを下ろし、

酒瓶を並べだす。

多いもの少ないものいろいろな色。

どれも酒屋の主人に成果を見てもらうための、

良否を判断してもらうための、

弟子の全力投球なのだろう。


酒屋の主人は思う。

この弟子は隠し事ができないし、

とても素直だと。

だから、きっと、

弟子自身が感じるもの以上の味を、いずれ作り出せるような、

そんな成長をする。そんな気がする。


酒屋の主人は、一口、弟子の作品を飲んだ。

夢心地のような、それを覚まさせるような、

不思議な味がした。

「悪くないな」

酒屋の主人は素直にそう言った。

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