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第424話 絵師

斜陽街に、不意に迷い込んだ男がいる。

黒っぽい和装で、髪は少しだけ長い。

若い男だ。

のぞく目は細く糸目で、

体格は全体的に細い。

男はその手に筆を持っている。

きれいな紅色の筆に、なんともいえない色が乗っている。


なぜこの町に迷い込んだのかを、

男は、知らない。

ただ、描く絵を追い求めるうちに、

こんなところに迷い込んだのかもしれないと、

男はなんとなく思う。

男は、自称絵師だ。

今のところ。


絵師は懐から紙を取り出す。

斜陽街の町並みを、糸目でじっと見つめると、

紅色の筆を走らせる。

ためらいなく、一気に。

あらわれるのは、なんともいえない斜陽街のかたち。

色合い濃淡まで、紅色の筆からあらわれる。

一見して白黒にも色鮮やかにも見える。

不思議で、言葉にするのが難しい代物だ。


一息に描ききり、

絵師はため息をつく。

確かに面白い街に迷い込んだけれど、

これだけでは終わらないような気がする。

もといた場所にあったような、

何かに巻き込まれる予感がする。

そこでは絵師とは名乗っていなかったけれど、

ここでは絵師でいいだろうかと、彼は思う。


絵師は描いた斜陽街を紙飛行機にすると、

ふわりと飛ばした。

斜陽街の町並みに、

紙飛行機はすっととけるようになくなって、同化した。


絵師と名乗っていなかった彼、

絵を楽しんでいた彼。

絵師はそんなことを、とりとめもなく思う。

絵師をするにはちょっといろいろ、ありすぎたかもしれない。


紅色の筆を持って、

絵師はふらふらと斜陽街を歩く。

住人は、異邦人である絵師も、

今までいたもののように扱ってくれる。

優しさでもあるのだろうし、無関心に近いのかもしれない。

風が吹いたような気がした。

ここの風はなんだかちょっとだけ違う気がすると絵師は思う。

何かを表しているような。

ふっと絵師は、ある言葉にたどり着き、微笑む。


「歓迎、っすか」

そんな風が吹く町も、いいかもしれないと絵師は思った。

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