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第425話 月下

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


大きな丸い月の出ている世界。

冴え冴えと明るく、

白い冷たい明かりを放っている。

その下は森。

うっそうと樹木が生い茂り、

何かを包み込んでいるような、

何かを隠しているような、

文明の手がついていない森に見える。


風はさわさわと、

かすかに葉を揺らす。

何かが潜んでいるような気配。

気配は森そのものに拡散して、

森のいずこにも、何かがいるような錯覚をする。

あるいは動物かもしれない。

森に動物、当たり前のことかもしれない。

あるいは、何か別の存在かもしれない。

月明かりがかすかに届く森の中で、

何かが、いる。


不意に、風が途切れるような気配。

そして、緊張に包まれたそのとき、

高らかに、遠吠えが聞こえ出す。

森のどこかから、

ここにいると、叫んでいるように、

遠吠えは繰り返される。


月明かりのきれいな森。

響く獣の遠吠え。

おびえるわけでなく、

悲しむわけでもなく、

森は獣を包み込んでいる。

犬より誇り高く思えるその遠吠えは、

狼のそれなのかもしれない。


月下に、狼がほえている。

一匹なのかもしれない。

誰かを求めているのかもしれない。

風はさわさわとまた吹き始める。

森に月の光が少しだけ落ちる。

子守唄のように、

狼の遠吠えが遠く近く。


狼はどこかで、

月の狂気で変身するというのを、

誰かが知っているかどうか。

静かな月の光は狂気には少し遠くて、

その下で繰り返される遠吠えも、

変身するには、少し悲しい。


やがて、誇り高き遠吠えは、

月の明かりに、とけたように聞こえなくなった。

気が済んだのかもしれないし、

何かを見つけたのか、

何かに見つけられたのか、

あるいは本当にとけてしまったのか。

それはわからない。


孤独に耐えかねて、変身してしまったのか、

それもわからない。


人になった狼がいても、逃げないで欲しいと、

狼だって一匹だけでは寂しいのだと、

月が思ったかはわからない。

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