シキはいつものように、
ふよふよと浮いて、斜陽街を散歩している。
シキはいろいろな色の乗っている、
空を飛ぶ魚だ。
大きさは池の鯉程度。
大きくもないし小さくもない。
以前いろいろあったけれども、
シキはシキなりに、斜陽街の住人になっている。
人というのは少し違うかもしれないけれど、
とりあえずシキは住人だ。魚だけども。
シキは見慣れない人物を見つけた。
黒っぽい和装の、細身の男。
紅色の筆を持っている。
じっと斜陽街を見ているようでもあり、
何か考え込んでいる風でもあり、
また、迷っているようにも見えた。
「よぉ」
シキは近づいていって、声をかけた。
男は、少しだけ驚いたようだった。
「…魚、っすか?」
「おう、俺は魚だ」
「空飛んでるっすね」
「そういうものだからな」
斜陽街の住人が、みんな当たり前だと思っていることに、
驚かれると、ちょっと面白い。
「俺は空飛ぶ魚のシキってんだ、あんたは?」
シキは男に尋ねる。
「絵師の男ってことにしてもらえますか」
「絵師か。職業で名乗るのか」
「まぁ、そんなところっす」
絵師の男は妙な口調でしゃべる。
敬語がちょっと砕けた感じだ。
シキは気にせず絵師の男と話す。
「その筆で描くのかい?」
「ええ、水彩画っす」
「いっちょ描いて見せてくれよ」
「了解っす」
絵師は懐から紙を取り出す。
そして、紅色の筆を走らせ始める。
何を描いているのだろう。
瞬く間に線が意味を持ち出す。
絵になっていくさますら美しい。
「どうっすかね」
絵師は水彩画をシキに見せる。
それは、無邪気に描かれた、
シキの姿だった。
そう、あくまで無邪気に、
計算の裏打ちなく描かれた、ありのままの姿であり、
色がにじんでくるような、不思議な魅力をたたえた絵だった。
「絵師には俺がこう見えているのかい?」
「そうかもしれないっす」
「そうか、俺って結構いい感じなんだな」
シキは水彩画を飽かず眺める。
こんな風に見えているのは、とてもうれしいとシキは思った。