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第432話 理由

ヤジマはギャングのハイ&ロウを前に、

鋭い目を崩さずにいた。

迷いは、ある。

このまま宅急便屋を続けるか、

ならず者に戻るか。


ヤジマの脳裏に、大型犬のようなキタザワの笑顔。

頼りなくて、結構力持ちで、

底抜けにお人よしだ。


ヤジマは決意した。

「その仕事うけよう」

ヤジマは構えていた銃をしまう。

ギャングは、ほっとしたように笑った。

「それじゃ、あとでここに来てくださいな」

「そうそう、このメモは見たら燃やしてくださいな」

ギャングはヤジマにメモを渡した。

ヤジマはメモを見る。

どこかの扉の向こうが書いてある。

ヤジマは視線を上げた。

そこにもう、ギャングの姿はなかった。

ヤジマは、ライターで火をつけ、メモを燃やした。

これで、いいんだ。


「ヤジマさん」

耳に心地よい声がする。

キタザワの間抜け声だとヤジマは思う。

「お届けものはこんなものですか?」

「ああ」

ヤジマは答える。

キタザワは首をかしげた。

「なんかお店に変な客でも来ましたか?」

こういうときのキタザワは鋭い。

いつもはどんくさいのにとヤジマは思う。

「別に、何もない」

ヤジマは答える。

「ふぅん?まぁいいや。飯にしましょう」

めし。

キタザワが作ってくれる、あたたかい食事。

宅急便屋はいつだってあたたかい。

それをヤジマは自分からなくそうとしている。


キタザワ一人でもきっとやっていける。

ヤジマはそう思う。

ならず者の自分がいなくても、

斜陽街の住民として、

穏やかな毎日を過ごすことができるはずと。

ヤジマは悪党だ。

キタザワとは違う。


ヤジマはふいに悲しい感じがした。

こういうのを隠さないと、ほかの悪党に狙われる。

「ヤジマさん」

キタザワが店の奥から顔を出す。

「飯、何がいいですか?」

今だけは、

今だけはまっすぐなこいつの飯を食べよう。


「何でもいい、任せる」

「はい」

キタザワがまっすぐだから。

巻き込まない理由なんて、それだけでいいとヤジマは思った。

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