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第435話 森

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


暗い森を歩く巨体ひとつ。

大柄で坊主頭の男だ。

片手で大きな棚を、担いでいる。

本棚かもしれないし、食器棚かもしれない。

かなり大きい。


風が吹いて、葉を少し揺らし、

巨体の男の姿をうっすら映す。

家具屋入道。

以前兎茶屋の模様替えに行ったことのある、

家具を取り扱う入道だ。

武闘派の坊主とも思えるような格好をしている。

よくできた棚を、苦にもしない表情で担いでいる。

家具を取り扱うというのは、力がないといけないのかもしれない。


家具屋入道は森をごつごつと歩く。

重い足音がする。

確か指定された場所はこの先だったかと、

家具屋入道は思う。

この注文、何かおかしい。

狐狸の類ではなかろうかと、考える。

森にわざわざ店を出す酔狂なものを、

とりあえずは兎茶屋のウサギしか、家具屋入道は知らない。


フクロウだかミミズクだか、

ほうほうとないているのが聞こえる。

風は枝を揺らし、

月明かりがもれるのは、狂気的だと家具屋入道は思う。

狂気的。

あの時一緒にいたハイカラな男だったら、

この心持をどうやって表現してくれただろう。

れんたるびでお屋と言っていたか。


鼻に、何かの刺激。

匂いだ。

甘い匂いが、かすかに。

「はて面妖な」

家具屋入道はつぶやく。

甘い匂いは、少しだけ鼻をくすぐると、幻のように消えた。

家具屋入道は、ため息をひとつ。

やはり狐狸に化かされる気がしないでもない。


化かされることがあっても、

家具を必要としてくれて、

運んで欲しいというのなら。

家具屋入道はそれに応じるしかない。

大概愚かかもしれない。

それで相手の気が済むなら、

家具屋入道はそれでいい。


森をごつごつと歩く。

遠く近くに狼の遠吠えが聞こえる。

この森が少しだけ狂気的なのは、

月と狼の所為だと、

家具屋入道はちょっとだけ思った。

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