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第437話 初陣

これは斜陽街から扉一つ分向こうの世界の物語。

どこかの扉の向こうの世界の物語。


桜の咲くころ。

アキは正式に鬼討伐隊に加わった。

今までとは違う緊張と、

アキの中には、高揚に似た感情。

なぜだろうかとアキは思う。

桜がいつもよりも、

色づいて見えるような。

鬼討伐隊に加わったということは、

それすなわち鬼に会えるということ。

なぜだろうか。

鬼に会えると思うと、

世界が色を持って見えるような気がする。


鬼は山の中にいるという。

戦士たちはおのおの準備をして、

鬼討伐へと向かう。

死ぬと前提して、

心残りを晴らすものがいると聞く。

アキは、心残りなどない。

アキは戦士、鬼と戦って死ぬべしと教えられた。

だから、そう、心残りがアキにあるとすれば、

まだ鬼に会っていないということ。

その首をはねていないこと。

桜色の季節。

鬼の血は赤いのだろうかとアキは思う。


鬼討伐隊が出陣する。

アキにとっての初陣。

狂ったように桜が咲く。

「山も桜がすごいってな」

誰かがそんなことを言う。

「きれいだよな」

「見納めかもしれない」

「見とれんなよ、たぶらかすのは鬼のやり口だ」

「わかってる」

アキは、そんなやり取りを耳に引っ掛ける。

きれい、なのか。

この桜はきれい、なのか。

きれいってこんなにも、

言葉にできないくらい、

心を揺さぶるのだろうか。


鬼とは桜のように、きれいで美しいというやつなのだろうか。

アキの心を揺さぶってくるのだろうか。


アキは奥歯を強くかむ。

桜に鬼の返り血を。

その首をはねなければ。

でなければアキが死ぬ。

心残りなど何もない、人生というやつだったかもしれない。

悲しいという感覚はない。

でも、と、アキは思う。

山を歩くアキは、桜の中にあり、そして、鬼を思う。

会いたい。

この桜で色づいた山の中で、

戦いたいと。


悲壮感はない。

ただ、鬼の元に飛び込むだけ。

それは多分喜びに近い。


夢のように桜が咲く。

アキはもくもくと山を歩いた。

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