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第438話 窮屈

斜陽街二番街。

通称洗い屋。

人懐っこいお姉さんが、何でも洗ってくれるお店だ。

なんでも、そう、なんでも。

秘密の方法で身体の内側まで洗うという。

いつも使うものほど洗わなくちゃ。

彼女はそういい、なんでもせっせと洗う。


洗い屋によく来るお客に、

羅刹という男がいる。

男というには、ちょっと年齢が届いていないかもしれない。

少年というにも、ちょっと違う。

人の生きる気力を食っているという、

殺し屋であり、鬼だと自称している。

羅刹は黒いスーツに黒のサングラス。

黒いボウガンを得物にしていて、

血まみれになると、洗い屋にやってくる。


洗い屋は、あまり羅刹の事を聞かない。

でも、血まみれのスーツはぴかぴかに洗うし、

羅刹が嫌がらなければ、髪だって洗ってあげる。

羅刹はそれをちょっとばかり窮屈だと感じることがある。

生きる気力を糧にしているのに、

洗い屋とはぜんぜん違う存在なのに、

どうしてこう、

洗い屋は優しいのだろう。


羅刹はシャワーから上がると、

アイロンまでかけてある、新品のようなスーツを着る。

着慣れたはずのスーツは、

いつもこうやって、ぴかぴかになる。

どうしてここに帰ってきてしまうのだろう。

羅刹はそんなことを考える。

窮屈だと感じているのに。

血まみれなら、それでかまわないと思っているのに、

どうして洗ってもらうのだろう。


洗い屋の彼女は、

いつものように、いる。

羅刹は疑問を口にしようとして、

言葉にできずに口を閉ざしてしまった。

何が疑問なのかわからない。

この窮屈な感じを、どうやって伝えていいかわからない。


「ボウガンも洗っておきました」

彼女は微笑む。

いつものように、人懐っこく。

「…ありがとう」

「いつものことでしょ」

彼女はうれしそうだ。

羅刹はふと思う。

姉がいたなら、こんな感じだろうか。

以前洗い屋は、羅刹を弟みたいといっていた。

姉とは、こんな風に、

やさしくてちょっとだけ窮屈なものなんだろうか。


悪いものじゃないなと、

この場所が心地いいものだと。

羅刹はもう、知っている。

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