目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第443話 数寄

斜陽街二番街。

レンタルビデオ屋がある。

ここは、ホラー物しか置かないレンタルビデオ屋なのに、

店主はものすごく怖がりだ。

おすすめを閃くという、ちょっとした能力があるが、

閃けるのがホラーものでしかないので、

仕方なく、レンタルビデオ屋には、

ホラー物ばかり並んでいるという次第だ。


レンタルビデオ屋には、

今日はお客が来ていた。

ホラーを求めてきたお客でなく、

少し通りかかった斜陽街の住人。

廃ビルに普段いる、詩人が来ていた。


レンタルビデオ屋の店主は、

貸し出し返却をかねた小さなカウンターの近くに、

椅子を引っ張り出す。

詩人は恐縮しながら座り、

店主もカウンターの中に座った。


詩人とレンタルビデオ屋は、

似たような時期に斜陽街に来たのかもしれないと思う。

別段おしゃべりなほうでない。

でも、なんとなく通じるものはある。

どこか臆病な性格が、

二人とも似ているのかもしれない。


店主は、紅茶があったことを思い出し、

それをいれに奥に行こうとする。

「ああ、その、お気になさらずに」

詩人はどこかどもりながら、気にしないで欲しいという。

「森の中のお茶なんです。きっと気に入りますよ」

「ああ、でも」

「遠慮なさらずに」

「…はい」

詩人が折れた。


やがて店主は、いい香りの紅茶を持って戻ってくる。

ほかに客もいないレンタルビデオ屋で、

小さなお茶会。

「物好きですよね」

レンタルビデオ屋はつぶやく。

詩人もうなずいて同意する。

「斜陽街の、人は、みんな、物好きです」

詩人は言葉を区切りながら答える。

店主は笑った。

「みんな趣味に生きてますよね」

「そういうことも、あります」

「数寄ものっていうんでしょうか」

「みんなも、わたしも、あなたも」

詩人の言葉に、店主は苦笑いする。

たしかに、みんなも、わたしも、あなたも。

どの住人も、どの店の人も、

みんな趣味に生きているこの街が、

みんな好きなのだろうと、思う。


レンタルビデオ屋も、詩人も、

この街が好きだ。

結局そこに帰り着くんだろうなと、店主は思った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?